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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第16章 鬼の葛藤

だが、屋敷へ戻った瞬間、彼の足が止まる。
彼は、巫女の気配が屋敷から消えていることに気づいたのだ。
「……!」
「鬼王さま?」
辺りの空気が変わったのを察知して、式鬼が背後から尋ねる。鬼の周囲に、重い妖気が渦巻く。地の底から響くような圧力が、屋敷全体を震わせた。
「例の巫女が逃げ出したのですね。連れ戻しましょうか」
「いや……」
鬼の声は低く、感情が読み取れない。
「あの女はすでに人界に戻ったらしい。気配を感じない」
「境界を抜けたと仰りますか? いったいどのような手で……」
「知らん」
しかしその声には、抑えきれぬ怒りが滲んでいるのが明白だった。
式鬼が一瞬身をすくめる。
鬼は視線を横にやった。
そこには天哭ノ鏡(テンコク ノ カガミ)があり、静まり返った月夜の人界の風景を映し出していた。
焼け落ちた都の瓦礫が、月光に照らされて白く輝き、崩れた門の影が長く伸びる。遠くの里では、ただ風が枯れた田を撫でる音だけがサラサラと流れる。月は満ち、冷たく澄んだ光が、廃墟となった都を幻想的に浮かび上がらせていた。
鏡の表面は……まるで水面のように揺れ、静寂の中に深い悲哀が漂っていた。

