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誰にも言えない、紗也香先生
第6章 アリス
今日は、リザとの約束の日。
目覚めた時から、心臓がずっと落ち着かない。
現実の私は、英語教師・松島紗也香。けれど今の私は、"サヤ"という、誰も知らない物語の中のもう一人。

お風呂場でシャワーの音が静かに響く中、
カミソリの刃が肌の上を、そっと滑った。
花のまわりの若草は、朝露のように消えて、
鏡に映る私は、どこか初めて出会うような顔をしていた。

新しく買ったベージュのガーターストッキングを丁寧に脚へ通し、
腰には赤いベルト。
そして、黒い男をゆっくりと、その内側に迎え入れる。
ベルトに固定されたその存在は、私の奥に沈み、静かに目を覚ますように身を沈めた。

鏡の前で化粧をする手は、少しだけ震えていた。
黒いアイラインが少しだけ揺れて、それでもその深さに吸い込まれるように――
"彼女"の目に似せた、自分の瞳を作る。

チョーカーを首に、ピンヒールのストラップを指先で締め、
コードのように這わせるハンドバッグの中には、革の手錠が一つ。

ドアを閉めた音が、現実に私を引き戻した。
その鍵を、ポストにそっと忍ばせる。
まるで、「紗也香先生」という仮面を、郵便受けに預けるみたいに。

すぐ下の住人のドアが閉まる音がして、
私は階段を降りながら、ふと思った。

「この秘密が、もし勇くんに見つかったら……どうなっちゃうんだろう?」

でも、今はまだ――
この秘密の“ファンタジー”は、私だけのもの。
静かな興奮を足音に忍ばせながら、
私はリザの待つ場所へ、今日もゆっくり歩いていく。
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