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愛の笛
第3章 バイト先の女

「じゃあ、新婚旅行なんかも国内旅行だったんですか?」

「いやねえ、私、まだ未婚なんですけどぉ」

人から既婚者だと思われていることに慣れているのか、
憤慨する様子もなく左手の薬指をあっけらかんと見せてくれた。

「す、すいません!
その、素敵な女性だから、てっきり旦那さんがいるものだと…」

そしてハッと気づいた。
もしかしてこの店のマスターと男女関係があるのではないかと…

「あ!もしかして私とマスターがデキてるとでも想像した?
いやねえ~、マスターは、れっきとした既婚者よ
スッゴイ愛妻家だから私の出る幕はないわ」

出る幕はないと言った時だけ美穂はとんでもなく寂しそうな顔をした。
きっと心の片隅にマスターへの恋心があるのだろう。

一回り歳上の女性ってのは、
何ていうか同級生の葉子たちとは違ったどことなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「ねえ、草薙くんだっけ?
あなたも一通りのカクテルは作れるんでしょ?
じゃなきゃ、マスターが雇ったりしないもの
ねえ、作れるんなら私に何かカクテルを作って頂戴な」

バーテンダーやバーメイドという人たちは
お客さまにカクテルを提供するばかりで
自分が誰かに作ってもらうということがないので
カウンターに入って用意をし始めた草薙を楽しそうに眺め始めた。

「お酒は強い方ですか?」

「そうね…強くもなければ弱くもないわ
こういう曖昧なキーワードで何を作ってくれるのかしら?」

美穂さんは楽しそうにカウンターを覗き込みながら
案外と草薙の実力をチェックしているのかもしれない
口角が上がって微笑みを浮かべながらも
草薙の手付きを見る目は一つも笑っていなかった。

アルコールに対して強くもなければ弱くもないか…
となれば…ここはポピュラーで見た目も美しいカクテルを提供しようと考えた。

「どうぞ、お楽しみください」

テキーラベースの「テキーラ・サンライズ」を作って美穂のカウンターの前に差し出した。

「へえ~、赤からオレンジのグラデーションもバッチリじゃない」

色の変化を見て楽しんでから「いただきます」とグラスに口を着けた。

「そうだ、BGMをお聞かせしましょうか?」

草薙は美穂ともっと親密になりたくて、
懐から例の笛を取り出した。
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