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わたしの日常
第14章 S川さんたちと再会した日のこと(1)
廊下には色の褪せた赤い絨毯が敷かれていて、歩くたびに小さく軋む音がした。途中の部屋から、低く笑うような声と、それをたしなめるような声が漏れていた。何を言っているのかまではわからなかったけれど、若くはない男女の気配がしていた。
「牡丹」という木札の掛かった部屋に入ると、改めて挨拶をした。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
十畳くらいの部屋には真ん中に、人の腰の高さほどの衝立が一枚置かれ、その両側に布団が二組敷かれていた。床の間には掛け軸、古めかしい鏡台もあって、その横には浴衣と丹前と帯が四組並べられていた。部屋の隅のちゃぶ台には、S川さんが手配してくれていたお弁当が四つ置かれていた。れいこさんが座布団を並べてくれて四人でちゃぶ台を囲んでお弁当を食べた。「牡丹の間」にはお風呂が付いていた。S川さんが立ち上がって様子を見に行き、蛇口をひねったようだった。流れ出したお湯が浴槽の底を叩く音が聞こえてきた。
お弁当を食べ終わりれいこさんが湯呑にお茶を注いでくれた。れいこさんが、小さく笑いながら、「足りましたか?」とわたしに目を向け、わたしは軽くうなずき返した。S川さんが壁のスイッチを入れると、天井の照明が灯って、布団の白いシーツが薄っすらピンク色に変わった。
旅館を出るときには薄暗くなって小雨も降っていた。S川さんたちに〇浜駅まで送ってもらい、そこで別れた。五時半頃の電車に乗って夜の九時前に出るバスに間に合った。家に着くと芳美はお風呂も済ませて自分の部屋にいるようだった。食卓に珠算塾の月謝袋が置かれていた。
部屋の外から声を掛けると、「お帰り」とだけ返ってきた。塾の様子を訊こうかと思ったが、そのままこちらのことも訊かれるのではないかという気がして、言葉を飲み込んだ。顔を合わせれば、バスで偶然義父と乗り合わせて一緒に帰ってきた、などという言い訳も考えていたが、そのような必要もないままで済んだ。
「牡丹」という木札の掛かった部屋に入ると、改めて挨拶をした。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
十畳くらいの部屋には真ん中に、人の腰の高さほどの衝立が一枚置かれ、その両側に布団が二組敷かれていた。床の間には掛け軸、古めかしい鏡台もあって、その横には浴衣と丹前と帯が四組並べられていた。部屋の隅のちゃぶ台には、S川さんが手配してくれていたお弁当が四つ置かれていた。れいこさんが座布団を並べてくれて四人でちゃぶ台を囲んでお弁当を食べた。「牡丹の間」にはお風呂が付いていた。S川さんが立ち上がって様子を見に行き、蛇口をひねったようだった。流れ出したお湯が浴槽の底を叩く音が聞こえてきた。
お弁当を食べ終わりれいこさんが湯呑にお茶を注いでくれた。れいこさんが、小さく笑いながら、「足りましたか?」とわたしに目を向け、わたしは軽くうなずき返した。S川さんが壁のスイッチを入れると、天井の照明が灯って、布団の白いシーツが薄っすらピンク色に変わった。
旅館を出るときには薄暗くなって小雨も降っていた。S川さんたちに〇浜駅まで送ってもらい、そこで別れた。五時半頃の電車に乗って夜の九時前に出るバスに間に合った。家に着くと芳美はお風呂も済ませて自分の部屋にいるようだった。食卓に珠算塾の月謝袋が置かれていた。
部屋の外から声を掛けると、「お帰り」とだけ返ってきた。塾の様子を訊こうかと思ったが、そのままこちらのことも訊かれるのではないかという気がして、言葉を飲み込んだ。顔を合わせれば、バスで偶然義父と乗り合わせて一緒に帰ってきた、などという言い訳も考えていたが、そのような必要もないままで済んだ。

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