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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第3章 女中 千勢(ちせ)

「勿論だ。私もこうして千勢とゆっくり話ができるのは楽しいよ。」
「有難う存じます。<伊豆の踊子>のことなんですが・・・、主人公の学生さんが、孤独を癒す旅に出て、旅芸人一座と道中が一緒になるでしょう。それで、身分違いで別世界のはずなのに、学生さんには、一座の人たちを仲間と思うような感情が自然に生まれて、特に一座の若い娘の身の上を心配するうちに、好意に変っていくというのは、普通には無いことだと、私は思うんです。この学生は、川端先生の身の上を思わせますが、やはり、相当に孤独感が強いからこそ、そうした特別な感情が湧いてくるということでしょうか。」
「なるほど。そこに気が付くとは、千勢の文学の素養は大したものだ。川端先生の作品に共通する考えは、千勢が言った<身分違い>と同じ意味での<社会の仕組み>とか、<習慣>では抑えることができない、人としての自然な感情があるということなんだよ。でも、そうした周りの柵(しがらみ)があって、普通はそれを素直に口にできないからこそ、生きることが苦しいということなんだ。」

