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天狐あやかし秘譚
第91章 顧復之恩(こふくのおん)
幼い日、彼があの環境の中、死なずに済んだのは、
たとえ不器用であっても、彼の母親の愛情があったからだ。
彼女は邪険にしながらも、決して彼を捨てることはなかった。
『父』の元を離れたのも、彼がそこにいたからだった。
そして、鬼になって、彼のことを忘れ果てたはずだったのに・・・

最期の最期で、十和子は・・・いや、塔若子は、彼を突き飛ばして、救ったのだ。

御九里の目から、とめどなく涙が溢れてくる。
記憶が、思い出が、堰を切ったように溢れてくる。
声にならない嗚咽が止まらない。
そして、心は後悔と罪悪感でぐちゃぐちゃになっていた。

そこからはもう、言葉になんて、ならなかった。

そんな彼を、日暮は、更に力を込めて抱きしめていた。

『あなたは悪くない
 小さかったんだ、しょうがなかったんだ』

そんな事を言っても、多分、届かない。

だから・・・
このとき彼女にできる最大限のこと
黙って抱きしめることが、彼女の精一杯の彼へのメッセージだったのだ。

土御門と瀬良も、その様子を少し離れたところから見守っていた。
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