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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 ほろりと流した涙を見て、巽は苦しげに目を細めると、性急にわたしの唇を吸い、奪う。

 口でフルーティと言いがたいわたしの味がわかり、恥ずかしくて死にそうだ。どこが甘いんだろう。

 巽は、わたしと握っていた手を外し、自由にした片手を動かした。
 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえ、わたしはぼんやりとした心地から正気に返る。

「巽、それは駄目。駄目っ」
「挿れねぇから」
「駄目だってば」
「俺にアズを感じさせて? お互いを感じながら、イキたい」

 巽の顔は切羽詰まっていた。

「挿れねぇから。繋げねぇから。だからただ……十年前のやり直しをさせて」
「巽……」
「素股でいい、アズを感じたいんだ。挿れたい誘惑に俺、耐えるから。だから俺に濡れた杏咲を、直に感じさせて。お前を抱きたくて仕方がねぇ俺を、感じてくれよ」

 嘆願するようなその顔と言葉に、胸がきゅっと絞られる。

 どうしてこのひとに、相手がいるのだろう。
 どうしてわたしに、相手がいるのだろう。
 どうして、わたし達は……交差することが出来ないのだろう。
 
「駄目。こんなの、悩み相談じゃない」
「アズ!」
「駄目だって! 快楽に流されて、わたしは間違いを犯したくない!」

 思い出すのだ、十年前の義母の顔が。
 汚らわしいものを見るような目で、頬を叩かれたあの時を。

 ああやって、激しく怒り傷つくひとがいる。
 もう嫌なのだ。自分のせいで犠牲になるひとが出ることは。

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