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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

 ああ、わたしの心の中は巽ばかりだ。

 怜二さんを裏切りたくないのに、巽に由奈さんを裏切らせたくないのに、わたしは……嬉しいと思ってしまっている。

――……相手がいるなんて関係ねぇよ。デキてるよ、あいつら。お前とあいつが付き合う前から。

 わたしまで、背徳の底に滑り落ちてはいけない……そう思うのに。

 唇は淫らな銀の糸を繋いで離れた。

 怯えたようなわたしの目と、切なそうな巽の視線が絡む度に、瞳を揺らす巽は幾度もまた軽く啄むようにキスをしながら、その唇をわたしの耳に移動させる。

「ひ、あ……っ」

 くちゃくちゃと耳殻を甘噛みされる音と、耳朶を舌で揺らされて口に含まれる音と共に、細長い巽の舌が耳の穴に入り込んで、その感触と唾液の音に身震いしながら身体をしならせる。

「……アズ、感じてる?」

 鼓膜が巽の艶やかな声を伝えてくる。

「か、感じてないっ。ねぇ、もうやめ……」

 ようやく現実に返り抵抗を試みたが、それでやめる巽ではなかった。

「じゃあアズを感じさせてやる。あいつのこと、思い出せないようにしてやるから」
「そんなのいらないっ、わたし……怜二さんも由奈さんも裏切りたくないっ」
「アズ、雑音は忘れろ」
「忘れられない。ねぇやだ、誰ももう苦しませたくない」

 悲しみが込み上げたわたしは、顔を両手で覆って泣いた。

「もうお義母さんのように誰も悲しませたくない。離婚して気落ちしたままのお父さんのように、わたしだって……巽に会えなくなって悲しくてたまらなかったあの頃に、もう戻りたくないっ」

 今までたまっていたものを吐き出すように。

「辛いよ、辛かったよ! だからわたし、濡れない身体に……」
「濡れない身体?」

 口は災いの元。
 泣きながら、わたしはぎくりとした。
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