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アムネシアは蜜愛に花開く
第2章 Ⅰ 突然の再会は婚約者連れで

「清楚を演じている恋人を盲信しすぎて、考えもしてねぇだろう。恋人が過去に義弟とヤッていたなんて」
「忘れたわ、そんなこと!」
わたしはつい、声を荒げた。
彼には伝えていないけれど、わたしは過去、巽が好きだったのだ。
好きだったから嬉しく思って抱かれたその事実を、巽の口から軽々しい笑い話で聞かされたくなかった。
確かにあれで両親は離婚して、悪いことをしてしまったという罪悪感はいまだ拭えないけど、そんな風に下ネタよろしくに笑いものにして蔑まれるのなら、わたし達の間になにもなかったことにしたい。
巽は感情がよく見えない、仮面のような表情を顔に張り付かせていた。
「……忘れた、ねぇ」
やがて自嘲気味に彼は反芻する。
「だったら思い出させてやろうか?」
ぎらついた、あの時の獣のような眼差しを向ける。
どこかで、蝉がまた鳴いた。
じりじりと、わたしの心を軋ませるように。
――どうにもなんねぇなら、壊してやる……っ。
「お前の初めてが俺だっていうこと」
――ああ、くそっ、なんでこんなにいいんだよ、お前の中っ。
わたしだけ、罪悪感に身体が枯れてしまっているというのに、巽はただの過去のひとコマでしかなく。
わたしが終わらせようとしても、あの蝉が鳴く夏の日は彼によって蘇る。
わたしのことを、なんとも思っていないから。
わたしの初めては、彼にとってはさしたる重要性はないから。
じりじりと、わたしの中であの日の蝉が鳴く。
苦しいよと、訴えかけている。

