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アムネシアは蜜愛に花開く
第2章 Ⅰ 突然の再会は婚約者連れで

巽という同じ名前の別人?
いや、そんなはずはない。
わたしが見間違えるはずはない。
あの顔は――巽本人だ。
足がカクカクと震える。
巽もわたしが誰か、そして、わたしが気づいていることもわかっている。
だから視線が外れない。
時が戻る。
かさりと落ちたアムネシアの花弁が花芯に戻り、瑞々しく芳香する。
じりじりと、蝉の音がした。
巽は硬直するわたしを見ながら、嘲るようにして言う。
「そして、ここにいる三嶋由奈さんの婚約者で、ルミナス社長は僕の義父になります」
ぎりぎりと胸が締め付けられる心地がした。
全身からさぁぁぁっと血が引く。
……既に怜二さんから聞いていた。
専務は由奈さんにベタ惚れして、結婚にこぎつけたのだと。
美男美女だった。
巽は、怜悧な黒い瞳を向けたまま、彼女の肩を抱く。
わたしに見せつけるようにして、彼女だけに優しく蕩けるような微笑みを向けて。
あれは、巽……?
巽は、由奈さんと結婚するの?
嫉妬という、マグマのような灼熱が胸を焦がす。
わたしはまだ、巽を思い出になんて出来ていない。
愛しかった義弟を、忘れることは出来ていなかった。
全身に貫くのは……、巽が身体を貫いたあの痛み。
わたしの記憶に、痛烈に刻み込まれていたのを知る。
十年会っていなかった。
電話番号を知っているのに、互いに連絡をとろうとしなかった。
まだ通じているのか、確認することすらしなかった。
それが今、こんな形で邂逅するなんて。
誰かがなにかを言っている。
だけど十年前に返ったわたしの耳には、深く艶やかな巽の声しか聞こえない。
巽以外の声は、あの日の蝉の音としてしか認識出来ない。

