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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第5章 緑に睡る
「…旦那様が…?」
小さなキッチンで紳一郎の為に珈琲を淹れていた十市は手を止め、振り返った。
焦茶色の革紐で束ねられた黒く緩い巻き毛の長い髪が揺れる。
「うん。…ひどいだろう?お前と付き合っちゃだめだなんてさ」
紳一郎は唇を尖らせながら、十市の小屋の中を見渡す。

…小さいけれど、本当にすてきな家だ。
まるでグリム童話に出てくる樵や狩人の家みたいな簡素で無骨で…でもとても温かみのある家…。
紳一郎は十市の小屋が大好きだ。

十市はこの小屋を15の歳からこつこつと自分で建てた。
軽井沢の森番小屋もそうだ。
自分で木を切り出し、自力で材料を集め、独学で学んだ建て方で建てたのだ。
人嫌いゆえ、屋敷の階下の使用人住居に住みたくなかった為とは言え、十代の十市が一人で建てたとはとても思えないほどにしっかりした住み心地の良い小屋だった。

小さいながらもキッチンはあるし、寝室には十市手作りの干し草のベッドがある。
居間兼作業場には十市が仕留めた獲物の熊の毛皮が敷かれ、冬でもほかほかと温かい。
煉瓦造りの暖炉には冬の間中、ぱちぱちと燃える薪が爆ぜ、その上にはやはり十市が知り合いの鍛冶屋で一人で打ち出し作ったという鉄の鍋が下がり、驚くほどに美味しい野菜スープや十市が狩りで仕留めた兎のシチューなどがぐつぐつと美味しそうな音や良い匂いを立てていた。

幼い頃、紳一郎は悲しいことがあったり、一人で寝つくことが出来ない夜には、屋敷の庭園から林へと続く道を走り抜け、十市の小屋に駆け込んだ。
十市はいつも何も聞かずに黙って少しだけ微笑んで紳一郎を迎えてくれた。
紳一郎を武骨だがどっしりとした座り心地の良い椅子に腰掛けさせると、ストーブの鍋でぐつぐつ煮えている温かなスープや十市が庭で栽培しているミントやカモミールの葉のハーブティーを飲ませてくれた。

そして、紳一郎が愚痴や不安な気持ちを幼い口調で語り続けるのをひと言も言葉を挟まず、始終熱心に聞いてくれた。
そうして紳一郎が
「帰る」
と言い出すのを辛抱強く待ち、その広く逞しい背中に紳一郎を背負うと屋敷までの道をゆっくりと歩くのだ。

紳一郎は十市の小屋に泊まったことはない。
泊まってはならないということは子ども心に分かっていたし、十市が必ず遅くなっても送り届けたからだ。

…それなのに…父様は…。
紳一郎は憤懣遣る方無い気持ちで一杯だった。
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