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月光の誘惑《番外編》
第3章 月に臨み、月を望む。

 申し訳ない、と思う。自分から誘っておいて、深夜一時まで連絡すら入れられなかった。いや、一時に連絡を入れたところで、迷惑なだけだろう。

 医者とはこういう仕事なのだ、と理解してくれる人は少ない。
 看護師でさえ、理解してくれているとは言い難い。医者と看護師の夫婦はよくいるが、うまく行っている夫婦は少ないのだから。

 本格的に吹雪いてきた東京の闇夜。タクシーでホテルに乗り入れ、フロントからキーをもらう。
「連れは?」と聞いたら「お部屋にいらっしゃいます」との返事。来てくれていたのか、泊まってくれたのか、とホッとする。

 エレベーターで十八階まで上り、部屋の鍵を解錠して、音を立てないように中に入る。
 広い室内に、オレンジ色のダウンライト。決して明るくはないが、暗くもない。明かりがないと眠れないのか、と思ったが、違う可能性に気づく。
 ……俺が来たときに、歩きやすいようにしてくれているのだ、と。

 そんな天使は、壁際のベッドで眠っていた。化粧をしていない寝顔でも、あかりだとわかる。
 心底、ホッとする。

 ジャケットをハンガーにかけ、少しの間、あかりの寝顔を見つめる。見つめるだけでいい。それで満足だ。
 暖房と加湿器の音が聞こえる。窓の外は雪。寒い夜だ。
 寒いのは苦手だと言っていたのに。こんな夜に、暖めてあげられなかった。本当に本当に申し訳ない。
 あかりのサラサラな髪の毛を撫で、溜め息をつく。

「……ごめん」

 患者の容態が急変して、オペが必要になって、こんな時間になってしまった。患者は救えたけれど、あかりとの約束は破ってしまった。
 不甲斐ない男だと、罵ってくれても構わない。今夜一晩だけ、寝顔を見るだけでも構わない。
 そばにいたい。
 そばで、見ていてもいいだろうか。
 それくらいなら、許してもらえるだろうか。

「……本当に、すまない……」

 髪を撫でる。肌には触れられない。怖い。拒絶されたら、と思うと触れられない。怖いのだ。

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