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サキュバスちゃんの純情《長編》
第2章 週末の終末

「いいよ、入って」
この小綺麗なマンションは、銀行の独身寮なのだという。半年後には出ないといけない部屋だ。
「お邪魔しまーす」
傘とパンプスを置いた玄関は、とても綺麗。整理されているというよりは、何もない。観葉植物も置き物もない、簡素なものだ。
それはリビングも同じで、生活感が感じられないくらい、ものがなかった。ダイニングテーブルと椅子、ソファがあるくらいで、テレビがない代わりに大きな本棚が据え付けられていた。
「あれ、宮野さん、小説読むんだ?」
「銀行員が主人公のものはね。結構面白いよ」
「へぇ」
それは知らなかった。小説、好きだったんだ。ビジネス本にしか興味がないのかと思っていた。
「荷物、ここに置いて――」
いいか、と聞こうとしたのだけれど、宮野さんが後ろからぎゅうと抱きしめてきたことから言葉が止まる。
腹のあたりで組まれた腕が熱い。背中に宮野さんの暖かさが感じられる。耳元に寄せられた柔らかな唇が、優しく私の名前を紡ぐ。
「あかり」
耳朶を甘噛みされ、その温さと優しさにぞくりと体が震えた。宮野さんの手に私の指を絡め、笑みを浮かべる。ゴツゴツした、筋のある指、好きだった。宮野さんが、壊れ物を扱うかのように優しく私に触れてくれるの、好きだった。
今日と明日で、最後、か……。
「あかり、キスしていい?」
そんなこと聞かなくてもいいのに、宮野さんは律儀に毎回聞いてくれる。一度「ダメ」と意地悪をしたら、捨てられた子犬のような目で私を見つめて、頬や額にキスの雨を降らせてくれたことがあった。
宮野さんの腕の中、くるりと体を反転させると、あのときと同じように切なそうな顔で私を見つめてくる彼と目が合う。

