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こじらせてません
第2章 馴致


「つきあってください」と言われて了承したのだから、アキラから恋人として扱われることを是認している。アキラもまた、「つきあってください」と申し込んだのだから、それはとりもなおさず、自分を恋人として扱いたい意志の表明であったと言える。

ただし、この事実一点をもって、二人が「恋人である」と断定することはできない、とミサは思った。

それはアキラに交際を申し込まれたさいに、あのハゲのことを一切思い出さなかったとおり、婚約しましょうそうしましょう、という協約を結んだ事実それだけでは、あのハゲは恋人たりえなかった理由に相当した。同様に、その瞬間、「人生初めての彼氏ができた」と思ったこともまた、「恋人=彼氏」と捉えるつもりならば、少々勇み足であったと言わざるをえなかった。

(うう……)

一人暮らしの部屋に一人でいるのならばよいが、会社のトイレの個室の中であるからには、呻けば誰かに迷惑がかかるかもしれなかった。

加えて、トイレの個室から呻き声が聞こえてきたならば、もし自分が聞く側の立場であるとすると、場所柄ならではの苦悶を連想するだろうから、無用の誤解を避けるためにもミサは呻くわけにはいかなかった。

もともとは、トイレという場所に適った行為を果たすために訪れたのだった。比較的、呻きを催さないほうの行為である。

音声的密室ではなかったが、映像的密室ではあったので、ミサは便座に座ったまま、スマホを懐にいだいて、まぶたを強く閉じていた。

「──今日みたいに、フツーにできないけど、いいの?」

初体験が果たされた日、交際を了承する前に、ミサはアキラにそう確認した。

「どういう……ことですか?」
「アキラくんとつきあうなら、……君をペットにしたい。でなきゃ、つきあえない」

交際を申し込まれてすぐ、「これを了承すればアキラを『彼氏』とできる」という誤認があったわけであるが、なぜ誤認したのかといえば、それは嬉しかったからである。

嬉しさといったら、この上もなかった。
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