この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
父に刻印された身体
第4章 父の瞳に火を灯す夜
私は確信していた。
父の理性の堤防は、もう決壊寸前まで揺らぎ、軋みを上げているのだと。
ただ父親としてのプライドと世間体にしがみつき、気づかぬふりを演じ続けているに過ぎない。
だからこそ、私は逃げ場を無くすように、さらに足を踏み入れる。
ふとした瞬間に泳ぐ瞳、私を避けるようなぎこちない手つき——そのひとつひとつが、私にとって何よりの甘美な糧だった。
父が必死に築いてきた理性の壁にひびが入るたび、その亀裂がメリメリと音を立てて広がる幻聴が聞こえる。
触れずともわかるほど早まる父の脈拍が、私の鼓動と溶け合い、体温をどこまでも引き上げていった。
夕食後、薄暗い台所でグラスを洗いながら、私は背後のソファに腰掛ける父へ、濡れた吐息とともに声をかけた。
「ねえ、お父さん。この間言ってた映画、今週末にでも二人で観に行かない?」
父からの応答はすぐには返ってこなかった。ジャーッとシンクを叩く水道の音だけが、二人を隔てる重苦しい空間に虚しく響き渡る。私の問いかけに、父の全身の筋肉が硬直したのが背中越しにも伝わってきた。
「……あ、ああ。そうだね」
数秒の途方もない沈黙ののち、ようやく搾り出された父の声は、掠れて掠れて仕方のないものだった。
「いつが良い? 土曜日の夜なんて、空いてる?」
振り返り、濡れた手のまま首を傾げて畳みかけると、父は私の胸元や唇に視線が触れるのを恐れるように、気まずそうに目を泳がせた。
「うーん……また、お互いのスケジュールが合うときにでもしよう」
父親という立場を盾にした、あまりにもわかりやすい逃げの返事。
視線を逸らし、お茶の入った湯呑みを握りしめる父の手元を見つめながら、私は泡のついた指先を唇にそっと当て、胸の奥で密やかに、けれど妖しく嘲笑った。
(逃げられないよ、お父さん)
私から目を逸らせば逸らすほど、父の中で私の存在が大きくなっていく。その葛藤そのものが、私を「ひとりの女」として意識している何よりの証拠なのだから。
父の理性の堤防は、もう決壊寸前まで揺らぎ、軋みを上げているのだと。
ただ父親としてのプライドと世間体にしがみつき、気づかぬふりを演じ続けているに過ぎない。
だからこそ、私は逃げ場を無くすように、さらに足を踏み入れる。
ふとした瞬間に泳ぐ瞳、私を避けるようなぎこちない手つき——そのひとつひとつが、私にとって何よりの甘美な糧だった。
父が必死に築いてきた理性の壁にひびが入るたび、その亀裂がメリメリと音を立てて広がる幻聴が聞こえる。
触れずともわかるほど早まる父の脈拍が、私の鼓動と溶け合い、体温をどこまでも引き上げていった。
夕食後、薄暗い台所でグラスを洗いながら、私は背後のソファに腰掛ける父へ、濡れた吐息とともに声をかけた。
「ねえ、お父さん。この間言ってた映画、今週末にでも二人で観に行かない?」
父からの応答はすぐには返ってこなかった。ジャーッとシンクを叩く水道の音だけが、二人を隔てる重苦しい空間に虚しく響き渡る。私の問いかけに、父の全身の筋肉が硬直したのが背中越しにも伝わってきた。
「……あ、ああ。そうだね」
数秒の途方もない沈黙ののち、ようやく搾り出された父の声は、掠れて掠れて仕方のないものだった。
「いつが良い? 土曜日の夜なんて、空いてる?」
振り返り、濡れた手のまま首を傾げて畳みかけると、父は私の胸元や唇に視線が触れるのを恐れるように、気まずそうに目を泳がせた。
「うーん……また、お互いのスケジュールが合うときにでもしよう」
父親という立場を盾にした、あまりにもわかりやすい逃げの返事。
視線を逸らし、お茶の入った湯呑みを握りしめる父の手元を見つめながら、私は泡のついた指先を唇にそっと当て、胸の奥で密やかに、けれど妖しく嘲笑った。
(逃げられないよ、お父さん)
私から目を逸らせば逸らすほど、父の中で私の存在が大きくなっていく。その葛藤そのものが、私を「ひとりの女」として意識している何よりの証拠なのだから。

作品検索
しおりをはさむ
姉妹サイトリンク 開く


