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父に刻印された身体
第3章 危険な距離の測り方
休日の朝、私から父を街へと連れ出した。洗面所の鏡に向かい、いつもより少し深みのある赤で唇を彩り、細い鎖骨と胸元の窪みがのぞく薄手のブラウスに袖を通す。スカートの裾は、太もものなめらかなラインが歩くたびに覗く絶妙な丈を選んだ。香水を首筋に一吹きし、熱を帯びた吐息をつきながら、高鳴る心臓を宥めるようにしてリビングへ向かった。
「ねえ、お父さん。今日の私、どうかな……?」
玄関の前、私は父の真向かいに立ち、上目遣いでじっとその瞳を見つめた。
父の黒目が、一瞬だけ密やかに揺れ、視線が私の開いた胸元へと落ちたのを私は見逃さなかった。息を呑むような沈黙。けれど次の瞬間、父は静かに瞼を伏せ、いつもの穏やかで非の打ち所のない笑顔を浮かべた。
「すごく似合っているよ。急に大人びて見えて、なんだか眩しいな」
無難で、完璧で、どこまでも優しい回答。
その瞬間、私の体温はすっと冷や水を与えられたように冷え切った。私が欲しかったのは、そんな父親らしい賞賛などではない。絶句や戸惑い、一瞬でも「男」として私を意識してしまったことへの狼狽。父の強固な理性という壁に、歪な亀裂が入る瞬間が見たかったのだ。けれど父の微笑みはどこまでも清らかで、私を「愛娘」という安全圏から一歩も外に出してはくれなかった。
その無毒な優しさが、どんな拒絶の言葉よりも痛く、私の胸を抉る。
休日の人波の中、私は父の隣に寄り添い、歩幅を合わせる振りをして、あえて自身の腕や肩を滑らせるように重ねた。布越しに伝わる父の腕の硬さ、男らしい体温。肌が微かに擦れ合うたび、私の背筋には甘い痺れが走り、息が詰まりそうになる。けれど父は何事もないかのように穏やかなトーンで街の景観や仕事の近況を語り続け、私から滲み出る密やかな情熱を、まるで存在しないかのように受け流していた。
私は完璧な「自慢の娘」の笑顔を顔に貼り付けながら、内側では血を流すようにもがいていた。
気づいて。お願いだから、私をそんな清らかな目で見ないで。
この身体も、この熱も、全部あなたのために鍛え、整えてきたのだから——。
そう心の中で叫べば叫ぶほど、父の持つ完璧な「父親」としての包容力が冷たい壁となって立ちはだかり、胸の奥でじんわりと甘い毒のような痛みが広がっていくのだった。
「ねえ、お父さん。今日の私、どうかな……?」
玄関の前、私は父の真向かいに立ち、上目遣いでじっとその瞳を見つめた。
父の黒目が、一瞬だけ密やかに揺れ、視線が私の開いた胸元へと落ちたのを私は見逃さなかった。息を呑むような沈黙。けれど次の瞬間、父は静かに瞼を伏せ、いつもの穏やかで非の打ち所のない笑顔を浮かべた。
「すごく似合っているよ。急に大人びて見えて、なんだか眩しいな」
無難で、完璧で、どこまでも優しい回答。
その瞬間、私の体温はすっと冷や水を与えられたように冷え切った。私が欲しかったのは、そんな父親らしい賞賛などではない。絶句や戸惑い、一瞬でも「男」として私を意識してしまったことへの狼狽。父の強固な理性という壁に、歪な亀裂が入る瞬間が見たかったのだ。けれど父の微笑みはどこまでも清らかで、私を「愛娘」という安全圏から一歩も外に出してはくれなかった。
その無毒な優しさが、どんな拒絶の言葉よりも痛く、私の胸を抉る。
休日の人波の中、私は父の隣に寄り添い、歩幅を合わせる振りをして、あえて自身の腕や肩を滑らせるように重ねた。布越しに伝わる父の腕の硬さ、男らしい体温。肌が微かに擦れ合うたび、私の背筋には甘い痺れが走り、息が詰まりそうになる。けれど父は何事もないかのように穏やかなトーンで街の景観や仕事の近況を語り続け、私から滲み出る密やかな情熱を、まるで存在しないかのように受け流していた。
私は完璧な「自慢の娘」の笑顔を顔に貼り付けながら、内側では血を流すようにもがいていた。
気づいて。お願いだから、私をそんな清らかな目で見ないで。
この身体も、この熱も、全部あなたのために鍛え、整えてきたのだから——。
そう心の中で叫べば叫ぶほど、父の持つ完璧な「父親」としての包容力が冷たい壁となって立ちはだかり、胸の奥でじんわりと甘い毒のような痛みが広がっていくのだった。

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