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誰もいないベッドルームで読む小説
第8章 波音の間に、名前を呼んで

潮の香りが胸の奥をくすぐる。
白い砂の感触が、素足の裏にやさしい。
陽が落ちて、海辺は静けさを取り戻していた。
「……来てくれて、うれしい」
夕焼けの残照に背を向けて、彼女はそう言った。
私は黙って頷く。
ワンピースの裾が風に揺れて、身体の輪郭が浮かび上がる。
彼女は、初めて出会ったときと変わらず、どこか哀しげな笑顔を湛えていた。
「この時間が好きなの」
「どうして?」
「誰にも、見られずに済むから」
彼女はそう言って、波打ち際をゆっくり歩き出す。
私はその背中を追いながら、心の奥が、ゆるやかに締めつけられるのを感じていた。
ふたりの影が重なって、夜が落ちてくる。
月の光が、彼女の頬を照らすたび、その美しさが少しずつ私を焦がしていく。
「……あなたの名前、まだ聞いてなかったよね」
「……言ったら、消えちゃいそうな気がして」
「じゃあ、言わなくていい。代わりに、今だけ、ここにいて」
彼女の指が、そっと私の手に触れる。
その温度に、胸の奥がざわめいた。
ゆっくりと、指先が絡まり、心が近づいていく。
私は彼女の肩をそっと引き寄せた。
波音が、すぐ耳元でささやく。
潮の匂いと、彼女の髪の香りが混じって、夜の空気を深く染めていく。
「……キス、してもいい?」
囁いた声は、波に消される。
けれど彼女は、何も言わずに目を閉じた。
その唇に、そっと触れる。
すぐに離すつもりだったのに、彼女の腕が、私の首にまわってきた。
口づけが、波のリズムに溶けていく。
触れ合うたび、何かが剥がれ落ちて、ただふたりの心だけが、残っていく。
たった一夜の出会い。
でも、私はこの夏を、一生忘れないだろう。
彼女が名を名乗らないまま、
翌朝にはもういなくなっていたとしても――
か
白い砂の感触が、素足の裏にやさしい。
陽が落ちて、海辺は静けさを取り戻していた。
「……来てくれて、うれしい」
夕焼けの残照に背を向けて、彼女はそう言った。
私は黙って頷く。
ワンピースの裾が風に揺れて、身体の輪郭が浮かび上がる。
彼女は、初めて出会ったときと変わらず、どこか哀しげな笑顔を湛えていた。
「この時間が好きなの」
「どうして?」
「誰にも、見られずに済むから」
彼女はそう言って、波打ち際をゆっくり歩き出す。
私はその背中を追いながら、心の奥が、ゆるやかに締めつけられるのを感じていた。
ふたりの影が重なって、夜が落ちてくる。
月の光が、彼女の頬を照らすたび、その美しさが少しずつ私を焦がしていく。
「……あなたの名前、まだ聞いてなかったよね」
「……言ったら、消えちゃいそうな気がして」
「じゃあ、言わなくていい。代わりに、今だけ、ここにいて」
彼女の指が、そっと私の手に触れる。
その温度に、胸の奥がざわめいた。
ゆっくりと、指先が絡まり、心が近づいていく。
私は彼女の肩をそっと引き寄せた。
波音が、すぐ耳元でささやく。
潮の匂いと、彼女の髪の香りが混じって、夜の空気を深く染めていく。
「……キス、してもいい?」
囁いた声は、波に消される。
けれど彼女は、何も言わずに目を閉じた。
その唇に、そっと触れる。
すぐに離すつもりだったのに、彼女の腕が、私の首にまわってきた。
口づけが、波のリズムに溶けていく。
触れ合うたび、何かが剥がれ落ちて、ただふたりの心だけが、残っていく。
たった一夜の出会い。
でも、私はこの夏を、一生忘れないだろう。
彼女が名を名乗らないまま、
翌朝にはもういなくなっていたとしても――
か

