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独りの部屋
第1章 鍵の音

「……帰りたくない、なんて言ったら変ですか?」
そう囁いた彼女の声は、部屋の静寂に落ちて、熱を孕んだまま私の耳に残った。
玄関に立ち尽くしたままの優衣の手が、震えている。コートの袖の下から、細い手首がのぞいていた。私はゆっくりと近づいて、その手を取った。冷たい。だけど、どこか期待のようなものが宿っている。
「変じゃないよ。……うれしい」
そう言った瞬間、鍵がカチリと鳴って、私たちは部屋の中に吸い込まれるように入った。ドアを閉めたあとの世界は、ほんのり暖かくて、どこか秘密めいていた。
キッチンの灯りだけが点いていて、彼女の横顔が橙色に染まっている。濡れたまつげがゆっくり瞬きし、私を見つめ返した。
「触れてもいい?」
唇よりも先に、心がふるえていた。
彼女がうなずいた瞬間、ふたりの距離がほどけた。コートを脱がせ、髪を撫で、頬に口づける。そのすべてが、誰にも見せたことのない自分になっていく気がして、怖くて、それ以上に愛しかった。
優衣の指が、私の背中にまわってくる。どこにも行かないでと、そんな気配が伝わる。
この夜が終わらなければいい。そう思いながら、私は鍵をテーブルに置いた。
完
そう囁いた彼女の声は、部屋の静寂に落ちて、熱を孕んだまま私の耳に残った。
玄関に立ち尽くしたままの優衣の手が、震えている。コートの袖の下から、細い手首がのぞいていた。私はゆっくりと近づいて、その手を取った。冷たい。だけど、どこか期待のようなものが宿っている。
「変じゃないよ。……うれしい」
そう言った瞬間、鍵がカチリと鳴って、私たちは部屋の中に吸い込まれるように入った。ドアを閉めたあとの世界は、ほんのり暖かくて、どこか秘密めいていた。
キッチンの灯りだけが点いていて、彼女の横顔が橙色に染まっている。濡れたまつげがゆっくり瞬きし、私を見つめ返した。
「触れてもいい?」
唇よりも先に、心がふるえていた。
彼女がうなずいた瞬間、ふたりの距離がほどけた。コートを脱がせ、髪を撫で、頬に口づける。そのすべてが、誰にも見せたことのない自分になっていく気がして、怖くて、それ以上に愛しかった。
優衣の指が、私の背中にまわってくる。どこにも行かないでと、そんな気配が伝わる。
この夜が終わらなければいい。そう思いながら、私は鍵をテーブルに置いた。
完

