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天狐あやかし秘譚
第117章 献身奉仕(けんしんほうし)
☆☆☆
夏休みが終わり、残暑が和らいだ頃だったか、父が突然食卓でこう言い出した。
それはきっと、あのジジとの間の話が原因だったと思う。

『父さんな・・・会社辞めて議員になるわ』

私たちはびっくりしたし、母は慌てて止めようとした。ジジは何も言わず、ババはオロオロするばかりだった。結局、数日後には父は母の制止を振り切って会社をやめる手続きを進めてしまったようだった。不安そうにする水有に、母もまた不安そうな顔をしながら『大丈夫やから、大丈夫やから』と繰り返し言っていた光景をよく覚えている。

こうして会社をやめて背水の陣を敷いた父の選挙戦が始まった。どうやら父の知り合いという人が、とある地方議員と父の間を取り持ったらしい。しかもその知人が父に選挙の始め方から戦い方までを教えていたようだった。

その人から『夫婦揃っての選挙戦が基本だから』と言われたらしく、父は母の仕事も辞めさせようとしていた。

当然、私たちの不安はなおさら募ることになる。自分たちの受験があるというのに、更に親が二人とも無職になるなんて中3の子どもが感じるストレスとしては最上級のレベルのものだった。だから私たちは、冬も盛りの12月、夜、布団の中で『これからどうなるんだろう』等とよく話しあっていたものだった。

そんなある日、その『知人』が私たちの住んでいる家に訪ねてきた。父から『自分たちの部屋に行ってなさい』と言われていたので、その顔を直接見ることはできなかったけれども、『おばけの間』に通されたその人の後ろ姿だけは見ることができた。

それは、若い男だった。
中肉中背で、スーツを着ているごく普通の人だ。

その人は『おばけの間』で父と母と何やら相談を始めたようだった。

私たちは言いつけを守らず、襖にピタリと耳をつけて話を盗み聞いていた。知人の男の声はくぐもっていたので、彼の話している内容は断片的にしかわからなかった。

『鏡』がどうとか
『それがあれば勝てる』だとか

どうやら、なにかこの家に秘密の宝物があって、それを使えば選挙に必ず勝てると言っているみたいだった。

「どういう意味?」
私は思わず水有に囁いた。そんな魔法みたいなものが?しかもこの家にある?
ところが水有は
「ババに聞いたことがあるじゃん」
と言ったのだ。
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