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熱帯夜に溺れる
第4章 酔芙蓉の吐息

莉子の住む地方は関東地方ではない。莉子にとって東京との距離感は物理的にも精神的にも、そこまで遠くもないが気軽に遊びに出掛けられるほど近くもない。
上京は純との別離を意味している。窓を開けた彼女はベランダで一服する純の横に立った。
秋晴れの空は絵の具みたいに綺麗な青。その青にゆらゆら流れる紫煙を目で追いながら、彼女は呟く。
「東京に住む伯母さんからの電話だった。東京に新しく作るネイルサロンで働いてみないかって誘われたの」
「そっか」
「就活、上手くいってなくて、全然ダメなの。伯母さん、そのことをお母さんに聞いたらしくて……」
「そうなのかなとは思ってた。学校の話はしてくれるのに就活のことは話したがらなかったよね」
「内定もらえずに何社も落ちてるって恥ずかしくて言えなかった」
純は何も言わなかった。煙草を片手にした純と部屋に戻り、作りかけのホットケーキを莉子が焼く間も彼は焦げ茶色のソファーに座り込んで煙草を吸い続けている。
純とは離れたくない、でも東京には行きたい。どうすればいい?
出来立てのホットケーキを載せた皿の前で「いただきます」と互いに小声で手を合わせる。黙々とホットケーキを咀嚼する純の顔色を窺った。
「東京……行ってもいい?」
「それは俺に聞くことじゃないよ。莉子が決めることだ」
優しく言われた最も残酷な言葉。目の前の彼は穏やかで優しかった。
だけどわからない。だからこそ、わからない。彼の本音がわからない。
「私達、離れちゃうんだよ?」
「そうだね」
たった一言で返された言葉に莉子は愕然とする。
ほんの少し、期待していた。「遠距離になっても莉子を好きな気持ちは変わらないよ」「ふたりでずっと一緒にいられる手段を考えよう」……そんな甘い言葉の羅列を待っていた自分が馬鹿みたいだ。
(勝手だってわかってるけど反対して欲しかった。少しくらい、寂しいとか嫌だとか、駄々をこねて言って欲しかった)
泣きたいのにここで泣くのは違う気がして、泣けばすべてが終わる気がして、だから泣くのは我慢した。
冷めてしまったホットケーキの味を莉子は覚えていない。味なんか何も感じなかった。
上京は純との別離を意味している。窓を開けた彼女はベランダで一服する純の横に立った。
秋晴れの空は絵の具みたいに綺麗な青。その青にゆらゆら流れる紫煙を目で追いながら、彼女は呟く。
「東京に住む伯母さんからの電話だった。東京に新しく作るネイルサロンで働いてみないかって誘われたの」
「そっか」
「就活、上手くいってなくて、全然ダメなの。伯母さん、そのことをお母さんに聞いたらしくて……」
「そうなのかなとは思ってた。学校の話はしてくれるのに就活のことは話したがらなかったよね」
「内定もらえずに何社も落ちてるって恥ずかしくて言えなかった」
純は何も言わなかった。煙草を片手にした純と部屋に戻り、作りかけのホットケーキを莉子が焼く間も彼は焦げ茶色のソファーに座り込んで煙草を吸い続けている。
純とは離れたくない、でも東京には行きたい。どうすればいい?
出来立てのホットケーキを載せた皿の前で「いただきます」と互いに小声で手を合わせる。黙々とホットケーキを咀嚼する純の顔色を窺った。
「東京……行ってもいい?」
「それは俺に聞くことじゃないよ。莉子が決めることだ」
優しく言われた最も残酷な言葉。目の前の彼は穏やかで優しかった。
だけどわからない。だからこそ、わからない。彼の本音がわからない。
「私達、離れちゃうんだよ?」
「そうだね」
たった一言で返された言葉に莉子は愕然とする。
ほんの少し、期待していた。「遠距離になっても莉子を好きな気持ちは変わらないよ」「ふたりでずっと一緒にいられる手段を考えよう」……そんな甘い言葉の羅列を待っていた自分が馬鹿みたいだ。
(勝手だってわかってるけど反対して欲しかった。少しくらい、寂しいとか嫌だとか、駄々をこねて言って欲しかった)
泣きたいのにここで泣くのは違う気がして、泣けばすべてが終わる気がして、だから泣くのは我慢した。
冷めてしまったホットケーキの味を莉子は覚えていない。味なんか何も感じなかった。

