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爛れる月面
第2章 湿りの海
「はあっ……、やっ、……ンッ」

 足裏を踏んで背を反らし、シーツにヒップを滑らせているのに、指先は敏しい地点を逸することはない。聞こえてくる自分の声があまりにも甘ったるく、はしたなく、片手の甲を額から唇へと移すと、

「べつに声を抑える必要はないだろ。ここはトイレじゃない」

 薄闇の中、低い声が諭してくる。

「あ、あんたになんか……、に、聞かせたくない、だけ」
「そうか。好きにしろ」
「……あふっ!」

 決して、好きにはさせてくれない。
 二本指が大きく進み、最奥を圧し上げ、たもとを擽っては溢れる蜜を混ぜるようにして襞に擦り付けた。

「あっ……! ん、……ああっ」
「それでいいんだ」
「んうっ……、だ、だって……」
「余計なことは考えるな」
「よ、余計じゃ、……ふうっ!!」

 考えるな、と言われると、より意識してしまうものだが、次の瞬間、浮かびかけた写像は霧と消えた。目を瞑っていたから気づかなかったが、いつしか井上は下方に移り、指で割り広げている媚肉の上端、ここまでに充分に性感を凝縮させていた肉蕊を、温かな口内に含んできた。

「うっ……、ま、これ……、……はっく!」

 腰が弾ね上がるが、唇と舌は着実に芯をとらえ、しかも指の動きは決して疎かではない。潤った音が自分の体から聞こえてくるが、腰を留める抑止力たりえなかった。

「ま、待って……、だ、だめ、これ……」

 都度々々語りかけてきていたくせに、手淫と口愛を同時に施す井上は何も答えず、攻め手を緩めもしなかった。媚肉は火照りきり、だらしなく蜜を垂らしっぱなしの肉壺が、前触れなく蠕動を始めた。

(う……なんで……)

 逆らおうとしたのも、いっときのことだった。顔の両手を外し、枕の下に入れて頭を挟み込む。こんなつもりではなかった。たとえ痛みを感じようとも、早々に終わらせて、帰るつもりでいた。なのに、もはや紅美子は夢現の真偽を量ることなく、今日は疑いようのない現実の中で、抗いがたい荒れ狂う怒涛に呑まれていった。
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