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爛れる月面
第4章 月は自ら光らない

井上に会ってから徹に会うと、より、彼を愛しく思うことができた。何の蟠りもなく──というわけにはいかなかったが、溜め込み続けた呵責を虚貌に変えて彼の前に出ると、もたらされる愉楽に身が洗い流される心地がした。底のない沼地にどんどん両足を取られていっている自覚はあっても、明らかに、彼が栃木へと行く前よりも仲らいは深まっており、沼に入る前に戻りたいかというと、ふたつ返事で、というわけにはいかなくなっていた。
「お前たちの二十年ってさ、そこまで強いもんなのかよ。そんなにムチャしたら壊れちまうよ」
「知らないよ。意識したこと無い」
自分で言って嘘だと思った。今はもう、意識したくないのだ。
桜橋への階段を降りる。広い橋面はどこを往来しても構わなかったが、紅美子は言問橋の側を進んだ。隅田川の向こうから、鉄橋を渡る東武線の車音が聞こえてくる。恋人が栃木に行く前日に、抱きしめてくれた場所を通り過ぎようとすると、
「……俺にとっての輝かしい学生時代、一番の象徴はさ、たぶん、お前たちなんだよ」
早田は少し後ろで、立ち止まっていた。
「なに急にロマンチックになってんの?」
「だよな、俺らしくない」自嘲を挟み、「……子供の時からずっと一緒で、十年目で付き合って、その十年後に結婚する。イイ話だぜ、まったく」
白髭橋のほうから左右いっぱいに波を立てて重機を曳航してくる船を眺めている。背の高い奴なのに、なんだか萎んだように見えた。
「どうしたの? 何そんな弱ってんのよ、世界を股にかけるエリートが」
「いや。……俺さ。バドゥル辞めんだ」
早田の横顔は、無理をして唇端を吊り上げ、誰に対してかわからない口元を作っていた。
「お前たちの二十年ってさ、そこまで強いもんなのかよ。そんなにムチャしたら壊れちまうよ」
「知らないよ。意識したこと無い」
自分で言って嘘だと思った。今はもう、意識したくないのだ。
桜橋への階段を降りる。広い橋面はどこを往来しても構わなかったが、紅美子は言問橋の側を進んだ。隅田川の向こうから、鉄橋を渡る東武線の車音が聞こえてくる。恋人が栃木に行く前日に、抱きしめてくれた場所を通り過ぎようとすると、
「……俺にとっての輝かしい学生時代、一番の象徴はさ、たぶん、お前たちなんだよ」
早田は少し後ろで、立ち止まっていた。
「なに急にロマンチックになってんの?」
「だよな、俺らしくない」自嘲を挟み、「……子供の時からずっと一緒で、十年目で付き合って、その十年後に結婚する。イイ話だぜ、まったく」
白髭橋のほうから左右いっぱいに波を立てて重機を曳航してくる船を眺めている。背の高い奴なのに、なんだか萎んだように見えた。
「どうしたの? 何そんな弱ってんのよ、世界を股にかけるエリートが」
「いや。……俺さ。バドゥル辞めんだ」
早田の横顔は、無理をして唇端を吊り上げ、誰に対してかわからない口元を作っていた。

