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鬼ヶ瀬塚村
第8章 弘子
弘子さんは巻物を丁寧に巻くと傍らにある黒い金庫へ閉まった。
カチッと鍵が閉まる音がする。

『待たせてしまってごめんなさいね、昨日突然仕事が入ったものだから…』

弘子さんは僕と真理子さんへ身体を向けた。
とてもか細い人だった。

『お忙しい中すみません』

『良いのよ、さぁ楽にしてちょうだい?お抹茶は好きかしら?』

弘子さんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら訊ねてくる。

『…抹茶味の製品は…食べた事はあります。ただ…飲んだ事はなくって…』

『あら、じゃあ腕によりをつけて淹れなくちゃね』

弘子さんは上品な立ち居振舞いでソッと立ち上がった。
シュッシュッと柔らかで繊細な衣擦れの音がした後、彼女は静かに茶釜の前へ座った。

『お母さん、無理しないでよ?』

真理子さんが言うと弘子さんは

『真理子の東京のボーイフレンドですもの、ねぇ?』

と楽しそうに言い、茶釜を挟んで正面に座る僕を見つめた。

僕は曖昧に"いや…"とか"そんな"だとか情けない声を出していた。

『遠い場所からはるばる本当にありがとうね…少し早いけど、大人の夏休みだと思ってゆっくりしていってね』

『お母さんその事なんだけど…』
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