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第19章 あの日

『約束したじゃないッ！？』

真理子さんは胸元に何度も手の平を打ち付けながら訴えてくる。

うるさい。
限界だ。

『約束したよねぇッ！？ずっと一緒にいるってッ！？結婚しようッて！？』

うるさい。
限界だ。

『あれは全部嘘だったの…？ねぇ、嘘だったのッ！？』

うるさい。
限界だ。

『嘘つきッ！！』

真理子さんが叫んだ。僕は睨み付けるように彼女を見た。

心臓を思いっきりバットで殴られたような衝撃が襲った。

真理子さんは泣いていた。深い怒りと悲しみを含んでいた。

それが僕を全否定する。
彼女から涙が落ちるたびに何度も何度もバットは僕の心臓の上に降ってくる。

落ちる涙の数だけ僕は否定される。

僕は漫画家になんてなってはならない。そう涙が命令してくる。

その顔が、目の前の事実と僕の存在を全否定する。

女の涙は武器だと言うけれど、彼女のそれは凶器だった。

再び彼女が天秤の重りへよじ登ってくる。
皿の縁に手をかけ、上がろうとする。
僕は天秤の前で頭上を見上げた。
白衣をまとった編集が頭に輪を浮かべ、白い翼を輝かせながら囁いた。
"卒業したら必ず来てね、期待してるよ"
手を祈るように重ね、その向こうにある編集の顔は笑みだった。

僕は天秤によじ登る真理子さんをつまみ上げ、暗闇へ円をえがくように放り投げた。