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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice

……馬鹿な柚。
酔いと共に、この切なさも消えてなくなればいいのに。
あたしにとって音楽は、最高の口説き方。
素敵な音楽に身も心も蕩けてしまう、あたしだって普通の女だ。
だけどその口説きに、素直に落ちてしまえば、きっとあなたはあたしに興味を失うでしょう?
……靡かないから、あたしを口説こうとしている――だから意地になっているんでしょう?
こんな……誰からも早瀬の横に立てると認められることがない女は、早瀬が遠い世界に居る存在としか思えなくなってきて。
早瀬が遠い――。
「帰りたい」
皆の早瀬が辛くて。
あたしの知る九年前の早瀬がいなくて。
もう耐えられなくて。
切なくて切なくて、心が震撼した。
そして――。
「すみません、お願いがあるんですが」
あたしは、ウェイターさんにお願いする。
「連れは帰ったと、伝えて下さい。これ、会計のお金です。残りはあっちに渡して下さい」
もう、ここで聞いていられない。
早瀬の音があたしに満ちる度、早瀬の音が好きなあたしは、好きという感情が溢れて、早瀬を引き摺ってしまうの。
楽しいと思う音と、切なくてたまらない音が混在している。
あたしは、ふたつの音色を同時に受け止めることが出来ないから――。
拍手喝采を背にして店から出ると、エレベーターが来るのを待つ。
六十階だから、すぐ来てくれない。
ため息をついた時、後ろから声をかけられた。
「大丈夫ですか? かなり酔っているようですが」
あたしにワインをおごろうとして早瀬に怒られた男性だ。
年はあたしくらい、よく道端で歩いているようなごく普通な男性。
「あ、大丈夫です」
「お帰りですか?」
「はい」
「僕もちょうど帰ろうとしていたんです。よければ一緒に帰りませんか」
……ちょっと、警戒心が働いた。
「あたし、寄るところがあるので」
「心配ですから、僕もついていきますよ」
……なんだかしつこくて嫌だ。
「あ、ひとりで大丈夫ですので」
そういう時に、エレベーターが来てフロアにはあたしと彼しかおらず。
狭い空間、一緒に居ることに躊躇した。

