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エリュシオンでささやいて
第4章 Bittersweet Voice

「次は、『ロミオとジュリエット』ね」
これは映画の主題歌で、フィギュアスケートで採用する選手のおかげで、また注目されるようになった曲だ。
しっとりとした壮大な曲が、ムーディックなジャズとなり、早瀬の才能を加えて、迫力すら感じる。
鍵盤を弾いている早瀬は、微笑んでいた。
……九年前の、あたしの横に居た時のような。
技巧が加わった音も、あの時と同じように嬉しそうに踊っていた。
本当に音楽が好きなんだと思わせる早瀬の演奏は、九年前の辿々しさはまったく感じられず、早瀬須王の曲のように馴染んで別の曲になっている。
情熱的で、だけど繊細な早瀬の音。
ピアノだから余計に、あたしの耳には早瀬の澄んだ音が響いて。
あたしが好きな音で溢れかえった。
好きで。
好きで。
好きだった想いが逆流してきて。
酔いはあたしに、九年前の〝好き〟ばかり連れてくる。
ピアノが好きで。
早瀬が好きで。
「……っ」
胸が苦しい。
まるで観覧車でキスをされた時のように、胸の奥が熱く苦しくて。
あまりにピアノの旋律が素敵過ぎて、あたしは密やかに涙した。
早瀬の音は、あたしの心の琴線をダイレクトに震わせた。
そうすれば、気づきたくないのに気づいてしまうんだ。
あたしは、いまだ早瀬須王に惹かれているということに。
彼の音や、彼の存在が、今でもこんなに影響を与えるものだということに。
たくさんの視線が早瀬を見つめている。
写メをしている女性もいた。
熱視線が飛び交っていた。
ああ、あたしは――。
早瀬が奏でる澄んだ音を、あたしだけに向けて貰いたいと思っている。
彼の心を乗せた音が欲しいと思っている。
あたしだけが特別になりたいと思っている。
もっと近くで、演奏している早瀬に微笑みかけられたいと思っている。
九年前のような関係になりたいと――。

