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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第31章 第十二話 【花見月の別れ】 其の弐

伊勢次はしんみりと言っていた。
―あの雛人形には、お袋の少女の頃の幸せな夢がいっぱい詰まってるんだろうな。こんな貧乏長屋にはいかにも不似合いなだけなんだが、親父はお袋の気持ちがよく判ってたから、何にも文句は言わなかったんだろう。
伊勢次は、おきわが実母ではないことを幼時に知ったという。が、おきわは伊勢次が自分を真の母と思っていることを疑ってもいない。それでも、伊勢次がおきわにそのことを敢えて告げなかったのは、血の繋がりよりも、おきわと親子として過ごした歳月を大切にしたいと思うからだと、いつか伊勢次は語っていた。
今、おきわは、その雛人形を指して、しきりにお美杷に何かを語りかけていた。生後六か月の赤子がその話を理解するとでもいうように。
―あの雛人形には、お袋の少女の頃の幸せな夢がいっぱい詰まってるんだろうな。こんな貧乏長屋にはいかにも不似合いなだけなんだが、親父はお袋の気持ちがよく判ってたから、何にも文句は言わなかったんだろう。
伊勢次は、おきわが実母ではないことを幼時に知ったという。が、おきわは伊勢次が自分を真の母と思っていることを疑ってもいない。それでも、伊勢次がおきわにそのことを敢えて告げなかったのは、血の繋がりよりも、おきわと親子として過ごした歳月を大切にしたいと思うからだと、いつか伊勢次は語っていた。
今、おきわは、その雛人形を指して、しきりにお美杷に何かを語りかけていた。生後六か月の赤子がその話を理解するとでもいうように。

