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琥珀色に染まるとき
第12章 幸福な憂心のまま

彼女と会うようになって二ヶ月が過ぎ、六月も終わりに差しかかった頃。
朝から雨がしつこく降り続いたその日、涼子は彼女に夕飯をご馳走になった。駅から少し離れたひとけのない路地にある、隠れ家のような洒落たレストランだった。
一つだけ、涼子は彼女に内緒にしていることがあった。ストーカー被害に遭っていたことを、まだ父に言えていなかったのだ。
だからその日、父との確執や家族のことを思いきって相談してみようと思っていた。だが、話の流れを途切れさせてしまうのが心苦しく、なかなか切り出すことができなかった。
そうしているうちに、彼女とその恋人の話題になった。一週間前、久しぶりに二人でのんびり過ごせたのだという。
――先週ね、彼からプロポーズされたの。
――えっ、おめでとうございます! どんなプロポーズだったんですか?
――ちょうど七夕の話をしてるときにね、織姫と彦星は本当は夫婦なんだよ、って。思わず笑っちゃった。でも、すごく嬉しかった。
――ロマンチストな彼氏なんですね。
――違う違う、照れ隠しだから。あの人、私よりウイスキーが好きだからね。
おどけるように言った彼女。憎まれ口を叩きながらも、彼のことを話すその表情はとても愉しそうで、心から幸せそうだった。
ウイスキーどころか酒を飲んだことさえなかった涼子にとって、その香りや味などまったく想像もつかない未知の代物であった。十二月に涼子が二十歳の誕生日を迎えたら、彼の勤めるオーセンティックバーに一緒に行こうと彼女は提案してくれた。
約束ね――と笑いながら。
また一つ、新しい世界の扉を開ける愉しさを教わった素敵な日。そうなるはずだった――。

