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第9章 ゴミの無い部屋

「……」

「帰ったなら声くらいかけなさいよ」

「…………ﾊ？」



　．．．．．．ﾆｺｯ



「……うんごめんね。ただいま、お母さん」

　帰宅直後、リビングを通り抜け自室のある２階へ向かおうとした椎名を、キッチンに立つ母親が呼び止めた。

「早かったのね」

「今日は塾がないから」

「そうだったかしら。ならちゃんと自分で勉強しなさいよ」

「もちろん」

「それと夕飯だけど、彰はどうする？」

「俺はどっちでも……。健太と父さんは？」

「父さんは夜勤よ。病院から連絡が来たわ」

「それに健太は友達と外で食べてくるみたい……ああもう、外食なんて栄養バランス悪いっていつも言ってるのに……あの子は体調管理が大事なのに……」

　健太というのは、彰の弟だ。今年で中学３年生になる。

「せっかくあの子の好物用意して待ってたのに」

「ああ、そうだ」

　母親の小言を遮る。椎名は階段を上りかけていた足を戻し、鞄を開けながらリビングに引き返した。

「前の定期テストが返ってきたから、ここに置いておくね」

　彼は母親がいるキッチンではなく、リビングテーブルに返却されたテスト用紙を重ねて置いた。

「テストって学校のでしょ？もちろん悪い点なんてとってないわよね？」

　母は母のほうで、キッチンから出てこようとはしない。

「ひとつ…数Ⅲで初歩的なミスをしたから、その一科目だけ学年の最高点を逃したけど」

「はぁ……気をつけなさいよ。今年は大学受験なのよ？スポーツ推薦で高校内定の健太と違って、あなたは勉強しかないんだから」

「……うん、次はミスなんてしないから安心して」

「いい子ね」

　いい子ね──

　そう口にした母親の顔は、椎名のほうに向いてすらいなかった。