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あの日 カサブランカで
第2章 ーあの日 カサブランカでー

「すみません… わたしです… 宮原です…」

 その声に圭一は急いで扉の重い錠を開けると、トレーナー姿の胸を両手で包み隠すような仕草の麻美が薄暗い回廊を背にして立っていた。

「どうしたんですか?」

 その怯えた表情を見た圭一は、思わず彼女の顔を覗き込みながら声をかけた。

「すみません… おやすみのところを… ごめんなさい…」

「何かあったんですか?」

「すみません… 怖くて… 眠れなくて…」

「え?」

 あまりにも暗く静かな広い部屋の不気味さに恐怖を覚えて、とても眠ることができる状態でなくなったと麻美は言うのだった。

「ほんとうに申し訳ありません… 一緒にいさせていただけませんか?」

 自分でさえいくらかの不気味さを感じていた圭一は、すぐに彼女の気持ちが理解できた。

「いいですよ、どうぞ入って」

 何度も“すみません”を繰り返す麻美をうながすように、彼は軽くその肩に手を置いて部屋に招き入れると深々としたソファに座らせた。

「いえいえ、ここへ連れてきたのは僕ですから」

「いいえ… すごく素敵なんですけど… わたし怖がりなんです…」
 
 ドラキュラが出てきそうで、と真顔で言いながら、安心したのか少し顔を上げて含羞んだ麻美を見ると思わず圭一は笑いがこぼれた。

「ちょっと寝ちゃったけど、このベッド使って下さい」

 深紅のベッドの少し乱れたデュベを直しながら、圭一は麻美に声をかけた。

 彼女ひとりにベッドを使わせて自分はソファで眠ろうとする圭一を見て、麻美が立ったまま応える。

「そんな… わたしだけなんて…」

「いいから気にしないで」

「それは、でも… 眠れません…」

「ぼくは慣れてるから」

 ソファに腰を下ろしたままの圭一のそばに来た麻美が訴えるように声をかけた。

「一緒に寝ていただけませんか?」

「そんなことしたら、ぼくがドラキュラになるよ」

 麻美は圭一のそのことばに思わず吹き出すと、頑なに同衾を拒絶する圭一に“すみません”を繰り返しながらベッドのデュベをめくった。

「すみません… おやすみなさい…」

「おやすみ…」

 こんなに音のない夜は初めてかもしれないと思いながら、少し離れた隣にいる圭一に安心を覚えた麻美はその一日のいろんなハプニングに呑み込まれたように、たちまちのうちに静かな寝息をたてていた。

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