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あの日 カサブランカで
第3章 ー行き違いー

ー第3章 行き違いー
カサブランカを飛び立った飛行機の窓の下にはすぐに、今朝までいたフェズの町が小さな白い破片を一面にばらまいたようにして広がり、少し遠くに眼を向けると地中海から大西洋への出口であるジブラルタル海峡を行き交う船が見えた。
(リスボンまで行きたかったな…)
3日間一緒に過ごすことになった麻美との時間を思い返しながら、あまり眠れなかった二晩を続けた圭一は、低いエンジン音を聞きながらまもなく意識をなくした。
途中でふと眼が覚めたとき、眼下の闇に点々と続くナイル川に沿った光と、ひときわ明るいルクソールの町が見えたがそれ以外はほとんど記憶に残らず、暮らし慣れたドバイに着いた時には、もうすっかり夜は更けていた。
のちにバージュ・ハリファと呼ばれるようになった世界一の超高層ビルを初め、建設ラッシュの続くドバイは昼間の活気が嘘のように夜は静かである。
飲酒が禁じられているイスラムの国なので、外国人が利用するホテルやバーを除けば酒場はないし、街の中で手に入れることもできないから日本の繁華街よりはるかに治安が良いと圭一は思っていた。
(あの子は今ごろリスボンでどうしているのだろう…)
連絡先を聞いてこなかったことを彼は、アパートへ帰ってから深く悔いていた。
今となってはクリスマス前に日本へ帰ると言った彼女がくれるかもしれないメールを待つしかなかったのだ。
ヨーロッパに近いドバイは自由貿易特区があるせいで外国人も多く、イスラムの国の都市でありながら12月には街にクリスマスの雰囲気も漂うが、日本のような正月ムードや休暇はない。
祝日である元日の朝、ペルシャ湾の海に近いデイラ地区のアパートを出た圭一は、海沿いのモスクのそばの広大な空地へ車を走らせた。
やがて、砂漠の名残の乾いた砂が広がる向こうに佇むモスクの尖塔の脇から、鈍く輝く光の束が伸びたかと思うと、砂塵の中に赤銅色の朝陽が姿を現わした。
(来年の初日の出はどこで拝むことになるのだろう…)
そんなことを思いながら1年前にもそうしたように、圭一はその陽の光を正面に受けながら手を合わせて拝んだ。
異郷の地の現場での新しい1年がまた始まる。
結局クリスマスが過ぎても、そして日本ではもう昼を過ぎている元日の朝にも麻美からのメールは圭一のもとには届かなかった。

