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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第9章 朝露の来訪者

それは一匹の小さな狐だった。
成体前の、ふたつの掌に乗りそうなほど小さな体躯。だが、その背には異様なほど大きな二本の尻尾が揺れている。
体毛は小麦色で、朝露に濡れてほのかに金色をまとっていた。ふわふわと揺れる尾は、まるで生き物そのもののように独立した動きを見せ、境界の異質な空気の中で不思議な存在感を放っていた。
(モノノ怪ね)
巫女はすぐにそう悟った。人の世ではありえないその姿は、鬼界の住人である証だ。
彼女は縁側の端に腰を下ろしたまま、じっとその狐を見つめる。
狐の瞳は琥珀色で、どこか怯えたような、しかし好奇心に満ちた光を宿している。
相手に敵意はない。
いや、それどころか、狐は弱っているように見えた。よく見ると、後ろ足が不自然に黒く変色している。まるで墨を塗ったような、異様な黒さ。
それは呪いのたぐいだと、巫女の霊感が告げていた。
「大丈夫?」
巫女はそっと声をかけ、縁側から降りて草むらに近づいた。
狐は一瞬身を縮めたが、逃げる様子は見せない。大きな尾がピクリと動き、彼女をじっと見つめ返す。その瞳には、まるで助けを求めるような光があった。
「逃げないのね……。良い子です」
巫女は膝をつき、ゆっくりと手を差し出した。
狐は鼻をクンクンと動かし、彼女の指先にそっと近づく。その動きはぎこちなく、後ろ足を引きずっているのが明らかだった。
巫女は心を落ち着け、霊力を指先に集中させた。柔らかな光が彼女の手から漏れ、狐の体を包み込む。

