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わたしの日常
第3章 はじめての小旅行
 女の人は脱衣場の鏡の前でタオルを胸に巻いて立っている。顔を鏡に近付けて念入りに覗いている。こちらの気配を感じて振り向いて会釈した。こちらも会釈する。

 「お先にいただきました。ごゆっくり…」
 「ありがとうございます」

 年甲斐もなく励んでしまったのはわたしも同じ。自分の貌を映して確かめたくなったがそのままお風呂場へ行った。お風呂につかっている間に女の人は出て行った。男湯には夫が入っていたのだろうか。

 広い湯船に一人で浸かっている贅沢さについ長湯してしまったが、部屋には戻ったのは義父よりも先だった。しばらくして義父も戻ってきた。

 「いいお湯だった。世の中には同じような人がいるものだね」
 
 やはり男湯には先客がいたそうだ。

 「女湯にも先にお客さんがいました。何かお話しなさったのですか」
 「向こうが話しかけてきたんだ。『若い奥様ですね』って」

 バスで乗り合わせたとき、こちらは特に気に留めることもなかったから、歳の差がありそうなことにも気が付かなった。先方にはさりげなく観察されていたのだろうか。

 「それでお義父さんは…?」
 「『お宅もお若いじゃありませんか』ってね。歳格好の似た男がお互いの妻を若いと言っているうちについつい話が弾んでしまってね。向こうは『実は夫婦じゃない』…のだそうだよ」

 実は夫婦ではないのはこちらも同じ…。

 「うちも夫婦ではないこともお話しになったんですか?」
 「いや…。ただ、娘が修学旅行に出かけて二人になったからちょっと旅でもしようかと…のようなことは話してしまった。わたしに修学旅行に行くような娘がいるようにも見えないだろうから、なにか察しているかもしれないね」

 温泉宿をともにした夫婦ではない歳の離れた男女。先方の女の人が念入りに鏡で自分の貌を見ていた訳が分かったような気がした。激しい交わりの痕がからだのどこかに出てはいないかと…。

 男同士でどこまであからさまに話したかはわからない。でも、普段はできないような話も旅先ではできる…お互いそんな気分だったのだろう。

 「もう一泊するんだそうだよ。この宿にはよく来ていてすっかり顔なじみなんだそうだ。とにかく湯がいいのだそうだ。若返りに効くそうだよ。そんな宿があるというのはいいね。確かに身体の芯まで温まって活力が補われたような気がする」
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