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天狐あやかし秘譚
第86章 能鷹隠爪(のうよういんそう)
マーカスが指示を出す。傭兵たちはその影を取り囲むように半円形に素早く展開した。同士討ちを避けるため、半円以上には囲み切ることはしない。

「撃ち殺せ!」

ダダダダダダっ!!

斉射された銃声が洋上に幾重にも響く。黒い影は「とう!」と掛け声をかけると、ありえないほどの跳躍力で、10メートルはあろうかという手近なコンテナの上に一気に飛び上がった。

「な・・・なんだあいつ!」

コンテナの上、満月の光をバックに逆光になって顔がよく見えない。小柄で華奢そうな身体、全身が黒尽くめで、頭には尖った二つの突起がついている。そして、頭部には青金に輝く大きな瞳があった。

その姿はまるで・・・

ーおいおい・・・嘘だろ!?

先程の銃弾を躱すありえないほどの身のこなしと、跳躍力を見ていなければコスプレか何かだと思うに違いない。しかし、それを見てしまった以上、アレを危険な敵、と認識せざるを得なかった。

「キャット・・・ウーマン?」
誰かが言った。その時、黒影の腰のあたりからするりと長い尻尾のようなものが見える。

「違うわ・・・私の名は・・・!
 月影に舞う、正義の黒猫・・・・
 綺羅羅黒猫戦乙女(ブラックキャット・ヴァルキリー)
 闇夜を照らし・・・只今、見参!!!」

黒猫のような女、改めヴァルキリーが、「とう!」と、コンテナから傭兵たちに躍りかかる。

「う・・・撃て!」

ダダダダダダダダッ!
  ダダダダダダダダッ!

一斉に撃った弾丸は、影を捉えることはなかった。空を蹴り、跳躍の軌道を変える。くるくると三回ほど宙空でその身を回転させると、その踵に遠心力と重力をたっぷりと込め、鮮烈な一撃を傭兵にお見舞いする。

「慈悲の戦鎚(エイル・ハンマー)!」

「ぐはあっ!」
肩口に超重量の踵落としをくらい、屈強なギークがあっさりと倒れる。そのまま着地をすると、ナイフで首を狙ってきた傭兵の斬撃を上半身をのけぞらせて躱す。そして、足をスプリットさせて身体を地面に落とすと、左手をつき、素早く身体全体を回転させ、襲ってきた傭兵の腹に強烈な蹴りを食らわせた。

「純潔の戦槍(ゲイル・ヴォル)!」

蹴りで吹き飛ばされた傭兵は、その背後にいた男も巻き込んで、二人一緒にコンテナに全身を強打させ失神した。
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