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ジャスミンの花は夜開く
第13章 再会
やがて浅黒い男性と茉莉花の目が合った。
昨日のあの男に違いない。
自分の心の中を悟られまいと、平静を装うことに精一杯だった。


「すみません、オーダーをお願いします」


男が軽く手を上げて茉莉花を呼ぶ。
緊張した面持ちと足取りでテーブルへ向かうと、何食わぬ顔で「海老と蟹のトマトクリームパスタを二つ。飲み物は僕はコーヒー。アイさんはどうなさいますか?」と言った。


アイ…。
これで確定した。
トイレの個室から聞こえた女性の固有名詞は、まさしく『アイ』だった。


おしとやかな顔をして座っているが、この女性は向かいに座る男性を『ご主人様』と呼び、男は人前で女のことを『さん付け』で呼ぶ。
それが人に知られたくな間柄であることは、大人の入り口にいる茉莉花にも理解できる。
あのような行為をレストランで行うのだから。


「私は、ミルクティーをお願いします」
「普通のじゃなくて?」
「ええ、ミルクが入ってないと…」
「はっは。アイさんは本当に『ミルク』がお好きなんですね」


普通の会話だが、昨日が昨日である。
ミルクが好き、という表現に、茉莉花の妄想は否が応にも膨らんでゆく。
しかもそのセリフを吐いた後、男がニヤリと笑い、目つきが一瞬鋭くなったような気がした。


「ご、ご注文を繰り返します。海老と蟹のクリームパスタがお二つ…」


と茉莉花がオーダーを復唱した瞬間、ハンディーターミナルに気が行ってしまい、脇に挟んだトレイを床に落としてしまった。


ガランガラン。
ホールの視線が一気に茉莉花に集中する。


「も、申し訳ありません!」
「大丈夫ですか?」


清楚なあの女性が優しく声を掛けてくれた。


「だ、大丈夫ですので!」


床にしゃがみ、テーブルの下に落ちたトレイを拾おうとしたときだった。
女もトレイを取ってあげようと、手を伸ばしたのだろう。
いや、自然に手が伸びてしまったのだろう。
茉莉花の視界にアイという女の手が入ってきた。


その刹那、茉莉花の心は激しく動揺した。
なぜなら、アイという女の手首の上部に通常ならあり得ない紋様を、茉莉花は見てしまったからである。
腕時計の跡などではない。
きつく締めた喜平ブレスレットにも似ていたが、そうではない。


それは縄の跡であった。
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