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第14章 コーヒーの香りが溶ける夜に

傘を返すついでにと、閉店間際の「kakure」を訪れたのは、それから三日後の夜だった。

「……あの、傘……」

「ありがとう。」

カウンター越しに差し出すと、彼は軽く会釈を返す。

いつものように店内は静かで、他に客はいない。

「……よかったら、一杯だけ淹れましょうか」

「……いいんですか？」

コクリと頷き、彼は店の奥で静かに湯を沸かしはじめた。

私は、まるで初めて足を踏み入れた世界のように、カウンターの中の様子をじっと見つめた。

ふと、彼がつぶやいた。


「この店、始めたのは……ずっと前に、ひとりで飲んだコーヒーが、やけに美味しく感じた朝があってね。」

「疲れてるときだったんですか？」

「……そう。あの味が、救いだった。だから、誰かにとってそういう一杯を出せたらって。」

手元のカップにコーヒーが注がれる。

琥珀色の液体から立ち上る香りに、私は目を閉じた。