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第21章 もつれるストッキング5　　　美冴

　3　揺らぎ…

「あ、お疲れ様です」
　伊藤敦子さんが顔を見せてきた。

「あ…う、うん…た、ただいま…」
　その瞬間、わたしはゆかりさんの、ほんの一瞬の揺らぎを感じた。

　いや、明らかに………揺らいだのだ。
　
　そしてわたしも…ドキっとしてしまう。

　なぜなら…
　あ、いや、その伊藤敦子さんを見た瞬間、わたしの脳裏には…
『ちょっとぉ、あっちんにぃ、雰囲気がぁ、似ていてぇ…』
　という、越前屋さんのそんな事前情報的な言葉が浮かび、そして…
　本当に伊藤さんの雰囲気が、松下秘書に似ていることに気付いたから。

　わたしはそう確信し…
　一瞬にして浮かんだのだ。

　本当に、似ているわ…

　確かに…
　ベリーショートヘアで、理知的で凛とした表情、背格好、そして…
　このストッキング脚の美脚さ…
　…………似ているのだ。
　
　そして伊藤さんを見た瞬間に、さっきの常務室でのあの二人の雰囲気、心の騒めき、揺らぎ、ザラつきが…
　一気に脳裏に浮かんだくらいなのだから。

　間違いない、二人は似ているわ…
　そう確信した時、慌ててゆかりさんの表情を見た。

　えっ…

　そのゆかりさんの、伊藤さんを見る目、いや、目の色、光に…
　驚きを……いや、違和感を感じた。

　違和感…そう、違和感である...
　だって…
　ついさっきの、あの大原常務のあからさまな狼狽えからの隠しようのない松下秘書との関係を顕にした動揺に、ゆかりさんは絶望的な色の表情を浮かべていた。
　いや、間違いなく絶望の想いがひしひしと伝わってきていたはず。

　そしてそれはゆかりさんに対する彼の裏切りを意味する…

　そして、このわたしにでさえ、伊藤さんを一瞬見た瞬間に、あの松下秘書、つまりは略奪の敵の存在っある彼女が浮かんだのであるのだから、当然、ゆかりさんにも同じ想い、いや、更に強い衝撃的な動揺の想いが浮かんだに違いないはずなのだが…

　だが…

　このゆかりさんの、伊藤さんを見る目は…

　いや、見ているその目からは…

『揺らぎ…』
　の色、感情しか、感じられないのである。
　
　本来ならば…

　いや、わたしならば…

　絶望、落胆、衝撃…
　ううん、おそらくは、寝とられたであろう嫉妬心からの…

　怒りの感情の色さえ見えるはずなのに…

　なぜ、なぜか…

　揺らぎ…なのだ。