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Memory of Night 2
第47章 春の訪れ

どれくらい墓の前にいたのか。千鶴は涙をぬぐい、立ち上がった。物言わぬ墓石にもう一度合掌し、山道を降りる。
車に宵を待たせたままだ。戻らなければ、と思う。
舗装されていない獣道は、昔姉の後ろを追いかけて歩いた雪道に似ていた。油断すると足を取られ、つんのめりそうになる。
山道は登りよりも下りの方が危険だ。千鶴は慎重に小石と苔の生えた道を下りた。ようやく路肩に停めた赤いスポーツカーが見えた。
だがその瞬間、まばゆいほどの光が千鶴を照らした。葉や枝や蔦に覆われていた薄暗い場所から、やっと出られたのだと知る。
驚きに目をみはった。
ーーまるで別世界のようだったからだ。千鶴は呆然と突っ立ったまま山のふもとを眺め、青い空を仰ぎ見た。雲の切れ間から差す陽光も、緩く吹く風も、全部が真新しくて優しかった。
ーー喩えるなら春。白く覆われていた世界に訪れた、雪解けのようだと思った。
自分が生きてきた世界は、こんなにも晴れやかで、明るくて、美しい場所だったろうか、と本気で思った。
あの日閉じ込められた洞穴で、千鶴はやっと自分の気持ちを認めることができた。そして今日、桃華に伝えられた。何もかも吐き出し、心が軽くなったのだと今になって自覚した。

