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アムネシアは蜜愛に花開く
第2章 Ⅰ 突然の再会は婚約者連れで

「驚いたよー。それを巽くんがお姫様抱っこをして仮眠室に連れて行くから、杏咲ちゃん、さらに注目の的だったし。私、内心きゃーきゃーしちゃった。あまりに絵になるふたりだったから」
 
 彼女は嫉妬というものとは無縁なのだろうか。
 それとも、巽が誰に触れていても、彼の心は自分のものだという確証と余裕があるのだろうか。
 生まれながらのお姫様のような可憐な美貌と、社長令嬢という肩書きを持つ彼女は、不安にならないのだろうか。

 ……ならないか。結婚しようとしているんだものね。

「え? あ……そうなんですか。専務のお手を煩わせてしまい、すみませんでした」

 努めて平然と、巽と目を合わせる。

「いえいえ。体調が戻られたのならなによりです」

 甘く艶やかに彼は優しい声を響かせ、その魅惑的な切れ長の目を細めて微笑む。
 それだけ見れば、彼は優しい類いの人間だ。

 しかしわたしは、倒れる前の巽の冷ややかな視線を思い出す。

 彼はわたしに好意的ではなかった。
 わたしをあの場に堕とした張本人が、わたしを休ませるなどフォローをしたなんて、どんな気まぐれだったのだろう。
 崩れたわたしを見て、なにを思って仮眠室に連れたのだろう。

 憐憫? 優越感?
 
 彼はこんな大人になっても、可愛い婚約者が出来ても、まだその苛立ちをわたしにぶつけたいのだろうか。

 わたしはもう、義弟だからと受け止めることは出来ないのに。
 彼との昔の関係を黙秘して忌避する、誰よりも遠い他人でしかないのに。

「えーと、だったら本題に入ってもいいですか? 藤城抜きには話に応じないと専務が仰るもので、保留でいたんだ」

 怜二さんは少し苛々とした様子で、話題を戻した。
 彼が苛立つのは珍しいが、それだけ怜二さんにとってこの件は許すまじきものなのだろう。

 わたしだってそうだ。
 たかだか十日あまりで、わたし達のなにがわかり、切れるというのか。

「専務。わたしはルミナスの企画を担当したことはありません」
「ほう?」

 巽は嘲るように口元を吊り上げる。
 これは、思い通りの展開になった時にする、巽の癖だ。

 ……そうか。わかっていながら、わたしを指名したわけか。
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