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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥

「あの……どんなものをお探しですか」
「爽快感があるものがいいな。最近目が疲れやすくてね」
「それでしたら、こちらが……あと、こちらも」
ふたつほど手に取ってみせると、男性は「ふうん」と言って顎をさすりながら少し考え、ひとつの箱を選び取った。そのとき、指がかすかに触れ合った。思わずぴくりと肩をすくめた慧子に、ふふふ、と彼は品よく笑う。
「これにするよ」
「あっ、ありがとうございます」
「こちらこそどうも」
優しい笑みを落とし、男性は颯爽と歩き去った。その一連の所作は見惚れるほどに美しく、慧子は気が抜けたように長身の後ろ姿を見送った。
それから一時間後、レジ交代のため紗恵のもとに向かった。なんとなく気まずいが、それはこちらの勝手な都合だ。笑え、笑え、と心に言い聞かせる。
「紗恵さん、交代です」
「はーい」
場所を入れ替わるとき、紗恵がそっと耳打ちした。
「見ない顔が来てたね」
「あ、かっこいい人でしたね。スーツの」
なるべく明るく答えると、紗恵の表情が一瞬こわばったように見えた。
「私はいけ好かない感じに思えたけど」
「そうですか……?」
「うん。人を見下すような態度だったわ」
意外だった。見た目を基準にお相手探しをしている紗恵なら当然目の色を変えるだろうと思っていたのに、あのイケメンのことはお気に召さないようだ。
「市川くんのほうがマシ」
紗恵はそう言い捨てると、いつものように微笑み小さく手を振りながら去っていった。
彼女が市川からほかの男に興味を移してくれれば、などという醜い心の願いは叶わなかったらしい。それもそうだ、と慧子は思った。なにかを密かに願って、ひとつでも叶った試しがない。
まだ恋とも呼べぬ感情が、玉砕前にいよいよ消え失せる予感がする。こんなふうにして諦めた小さな想いが、これまでいくつあっただろう。

