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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice

「お前が合図して」
「わかった。よ~い」
須王が準備をする。
「スタート」
しなやかな肉体はあまり飛沫をあげずに水の中に潜る。
中々出てこないため心配になっていたが、ややしばらくして顔を出した須王はクロールを始めた。
「早……」
そりゃあ早瀬だものね、なんだか泳ぐの早そうな感じだものね。
などと、意味不明な納得をしながら、競泳を見ているように、あっという間に向こう側に行ってしまう須王の水圧に押されて、浮き輪が揺れ始める。
高身長の早瀬の泳ぎは、中々にダイナミックなのに、飛沫があまり上がらない。泳ぐ姿も非常に優雅だ。
もっと見たいのに浮き輪はくるくると回り続け、両手で水を掻いてもあさっての方向にいってしまう。
「い~や~っ!!」
絶対あたし、海になんか行ったら漂流しちゃう。
浮き輪って、制御不明の恐ろしいアイテムだ。
あたしどこに行っちゃうの?
どうすればこれ、止まるの?
「お前、ひとりでなに遊んでいるんだよ」
そんなあたし(の浮き輪)を止めてくれたのは、折り返して行ったはずの須王で。
「浮き輪って、怖い道具だね……」
「お前だけだ」
「あなたには泳げないひとの気持ちがわからない!」
「俺、最初は溺れてたよ?」
須王は浮き輪に両肘をつくようにして言う。
「嘘だ」
「嘘じゃねぇよ。俺、泳いだことがねぇのに、お袋が海に連れていってさ。最初で最後のたった一度だけの母親との思い出かな」
「……っ」
地雷ふんじゃったかしら。
「連れて行っただけで後は放置でさ。海行けば、皆が泳いで遊んでいるだろう? だから簡単に泳げると思って、波を走って泳いだらぶくぶく沈むんだ。お袋はいなくなってるし、意識朦朧とした時、波が大きくなってそれに投げ出されて助かって。なんだか子供の泣き声で目を覚ましたら岩間にいてさ」
「子供って……水死した霊とか!?」
「そんなわけねぇだろ。俺と似たような小学生みてぇな女に、やたらガタイのいい金髪男が水泳を教えていてさ。女の子が怖がってびーびー泣いているのに、男は海に突き飛ばして怒鳴る。スパルタ……いや、あれは虐めだよ」
可哀想。お兄さんかお父さんか、他人ということはないだろう。
世にも酷い男がいるものだ。
タチの悪い、不良かなにかだったのかしら。

