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如月茜(きさらぎ あかね)
第1章 第1話 夕暮れの来訪者と迷える者たち
シーン1 渡された手紙と傷ついた子羊達
そんな恵麻の焦りに気づいているのかいないのか、茜は柔らかな微笑みを崩さぬまま、上質なジャケットの胸ポケットにそっと手を伸ばした。
「ありがとうございます。……では、さっそくですが」
夕闇が迫る静かな室内に、茜の落ち着いた声が響く。
「これをお渡ししにきました」
そう言って、茜が一通の白い封筒を静かに畳の上へと差し出した――。
封筒の表には、力なく、けれど見慣れた夫・裕二の文字で、妻の名前が書かれている。
「これ……は……!?」
恵麻は、かすかに震える指先でその封筒を受け取り、顔を上げた。
傍らに立つ娘美咲も、母親から差し出されるように見える封筒を険しい表情で見つめ、一歩前に出て恵麻を庇うように身構えた。
「パパからの……手紙、ですか?」
美咲の警戒心を孕んだ低い声に、茜は慌てることなく、ゆっくりと頷いた。
「ええ。驚かせてしまって申し訳ない。……まずは、中を読んでみてください」
茜に促されるまま、恵麻は震える手で封筒の封を切り、中に収められていた便箋を取り出した。
そこには、借金を抱えて突然姿を消した夫の、生々しい直筆の文字が並んでいた。
――『恵麻、美咲。本当にすまない』
一文字一文字を追うごとに、恵麻の息が詰まる。
手紙には、事業の失敗で背負った途方もない借金の経緯と、家族に危害が及ぶのを恐れて逃げざるを得なかったこと、そして、すべてを一人で抱えきれなくなった夫が、藁をもすがる思いで知人である如月茜に連絡を取り、助けを求めたことが切々と綴られていた。
『俺にはもう、どうすることもできなかった。けれど、如月君なら……彼だけが、この状況を打破する力を持っている。どうか、彼の言うことを聞いてほしい』
便箋の最後には、妻と娘への謝罪と、かすかな後悔の念が滲んでいた。
読み終えた恵麻の手から、ポロリと便箋が畳の上に滑り落ちる。
涙をこらえようと強く結ばれた唇が、微かに震えていた。
「そんな……勝手すぎるよ……パパ!」
娘美咲がたまらず声を荒げた。
母親をこんな目に遭わせ、今になって他人を寄こしてきた父親への怒りと不信感が、静かな居間にピリついた空気を走らせる。
恵麻は慌てて娘の腕を掴み、
「美咲、落ち着いて……」となだめたが、その恵麻自身の目からも、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちていた。
そんな恵麻の焦りに気づいているのかいないのか、茜は柔らかな微笑みを崩さぬまま、上質なジャケットの胸ポケットにそっと手を伸ばした。
「ありがとうございます。……では、さっそくですが」
夕闇が迫る静かな室内に、茜の落ち着いた声が響く。
「これをお渡ししにきました」
そう言って、茜が一通の白い封筒を静かに畳の上へと差し出した――。
封筒の表には、力なく、けれど見慣れた夫・裕二の文字で、妻の名前が書かれている。
「これ……は……!?」
恵麻は、かすかに震える指先でその封筒を受け取り、顔を上げた。
傍らに立つ娘美咲も、母親から差し出されるように見える封筒を険しい表情で見つめ、一歩前に出て恵麻を庇うように身構えた。
「パパからの……手紙、ですか?」
美咲の警戒心を孕んだ低い声に、茜は慌てることなく、ゆっくりと頷いた。
「ええ。驚かせてしまって申し訳ない。……まずは、中を読んでみてください」
茜に促されるまま、恵麻は震える手で封筒の封を切り、中に収められていた便箋を取り出した。
そこには、借金を抱えて突然姿を消した夫の、生々しい直筆の文字が並んでいた。
――『恵麻、美咲。本当にすまない』
一文字一文字を追うごとに、恵麻の息が詰まる。
手紙には、事業の失敗で背負った途方もない借金の経緯と、家族に危害が及ぶのを恐れて逃げざるを得なかったこと、そして、すべてを一人で抱えきれなくなった夫が、藁をもすがる思いで知人である如月茜に連絡を取り、助けを求めたことが切々と綴られていた。
『俺にはもう、どうすることもできなかった。けれど、如月君なら……彼だけが、この状況を打破する力を持っている。どうか、彼の言うことを聞いてほしい』
便箋の最後には、妻と娘への謝罪と、かすかな後悔の念が滲んでいた。
読み終えた恵麻の手から、ポロリと便箋が畳の上に滑り落ちる。
涙をこらえようと強く結ばれた唇が、微かに震えていた。
「そんな……勝手すぎるよ……パパ!」
娘美咲がたまらず声を荒げた。
母親をこんな目に遭わせ、今になって他人を寄こしてきた父親への怒りと不信感が、静かな居間にピリついた空気を走らせる。
恵麻は慌てて娘の腕を掴み、
「美咲、落ち着いて……」となだめたが、その恵麻自身の目からも、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちていた。

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