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名馬の城
第2章 馬酔酒
籠城戦の準備の合間に槻弓はこっそりと城下に出て、息抜きに贔屓にしている酒屋に寄った。

連日運ばれてくる物資の振り分けでろくに睡眠もとれていない。城内の息の詰まるような緊張感で心身ともに疲労は頂点に達している。

この酒屋には諸国の商人や旅人が数多く立ち寄るため、様々な情報が手に入る。

槻弓は酒には強いが、好きではない。しかし、情報を得るために”酒”にかこつけてよくこの酒屋に寄っていた。

酒屋は最近、城下に現れた野武士の一行の話でもちきりだった。

数日前に諸国を巡っているという野武士の一行がこの城下に現れたそうだ。
かつては今川の家臣だったという。
金払いがいいために城下の商売人はこぞって野武士たちを引き込もうとしているらしい。

「そなたはそやつらに会ったのか?」

槻弓は主に尋ねる。

「はい、何度か寄っていただいておりますよ。大柄なお人ばかりで店が狭く感じてしまいます。」

主は肩を竦めて苦笑した。

「あ、そうそう城主様にご挨拶されたいとおっしゃっていて、近いうちにそういったこともおありなのではないですか。」

「さぁ、私の耳にはそういった話は入ってきておらぬ。」

そう言って少し乱暴に酒を煽った。
武田との籠城戦を前にして城下に突如として現れた野武士など、どう考えてもうさんくさすぎる。関わり合いにならない方がいい、と槻弓は思った。

主は槻弓に別の酒を持ってくる。

「そうそう、こちらは最近入った酒でございまして、よろしければお試しになりますか。」

このように新しい酒が入ると必ずと言っていいほど槻弓にすすめた。
槻弓に、というより城に卸してもらうのを期待してのことだが。

「あ、ああ…。…ん?」

すすめられるままに飲み干すと、その酒はほとんど苦みがなく、後味もまろやかで飲みやすかった。

槻弓の表情を敏感に察知して主は続ける。

「馬酔酒と申しまして馬を酔わせることができるといわれるほどの美酒だと…」

主の話を聞きながら杯を重ねるうちに槻弓はいつのまにか眠ってしまった。
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