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夏の夜の秘め事
第1章 瑠偉、48歳
昭和三十年、東京の夏は蒸し暑く、新橋の路地裏には蝉の声がこもっていた。細長い二階屋の一軒家は、周囲の開けっぴろげな下町の家々とは異なり、いつも雨戸が閉め切られ、薄暗い闇に包まれていた。近所の人々はこの家を「小唄のお師匠さん」の家と呼び、中に住む女性をそう認識していたが、彼女の過去については誰も知らなかった。
瑠偉(るい)は48歳。かつて祇園で名をはせた芸者だったが、10年前に旦那とのトラブルが原因で京都を追われ、東京の新橋に移り住んだ。色が抜けるように白い肌、胴長の体に帯をずり落ちそうに緩く巻きつけ、裾を引きずるような着つけ——まるで浮世絵から抜け出てきたような姿で、誰にも真似できない風格を漂わせていた。自然と身についた柔らかなしなやかさ、微妙に膝を崩した立ち姿は、長年の芸者の修行の跡を物語っていた。
その家に、17歳の銀二郎が小唄と三味線を習いに通い始めたのは、ちょうどその年の初夏だった。
「こん子はきっとものになる。しっかり育てんといかん」
稽古場で銀二郎の三味線を聴きながら、瑠偉は心の内でそうつぶやいた。
標準語で話す彼女の口調には、時折京都の響きが混じる。銀二郎の指先から流れる音には、生来のリズム感と情感が込められていた。まだ青臭い少年だが、その才能は紛れもないものだった。
しかし、最近、瑠偉の心をかき乱す存在があった。深川の芸者、はるみ——35歳だ。彼女は華やかな笑みを武器に、銀二郎に「銀ちゃん」と甘く呼びかけ、稽古の帰りに声をかけるようになっていた。
瑠偉(るい)は48歳。かつて祇園で名をはせた芸者だったが、10年前に旦那とのトラブルが原因で京都を追われ、東京の新橋に移り住んだ。色が抜けるように白い肌、胴長の体に帯をずり落ちそうに緩く巻きつけ、裾を引きずるような着つけ——まるで浮世絵から抜け出てきたような姿で、誰にも真似できない風格を漂わせていた。自然と身についた柔らかなしなやかさ、微妙に膝を崩した立ち姿は、長年の芸者の修行の跡を物語っていた。
その家に、17歳の銀二郎が小唄と三味線を習いに通い始めたのは、ちょうどその年の初夏だった。
「こん子はきっとものになる。しっかり育てんといかん」
稽古場で銀二郎の三味線を聴きながら、瑠偉は心の内でそうつぶやいた。
標準語で話す彼女の口調には、時折京都の響きが混じる。銀二郎の指先から流れる音には、生来のリズム感と情感が込められていた。まだ青臭い少年だが、その才能は紛れもないものだった。
しかし、最近、瑠偉の心をかき乱す存在があった。深川の芸者、はるみ——35歳だ。彼女は華やかな笑みを武器に、銀二郎に「銀ちゃん」と甘く呼びかけ、稽古の帰りに声をかけるようになっていた。

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