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愛と犠牲の果て~人妻を堕とす愛人契約~
第104章 ほだされた情愛
澪は、彼のその言葉を耳にしながら、胸の奥がチクリと痛むのを禁じ得なかった。 自分を騙し、力ずくでホテルへと連れ込み、自らの欲望のままに顔を汚した、憎むべき生意気な男――そう割り切って、冷徹に処理し続けるつもりだった。しかし、そんな健気で苦労人な生い立ちを聞かされてしまったがゆえに、澪の心の中に複雑な葛藤が芽生え始めてしまう。
(この子も、誰かにとっての大切な息子で、必死に生きている一人の人間に過ぎないのね……)
あまりにも純朴な一面を知ってしまったことで、時雨崎に対する「憎悪」の感情を完全に維持することが難しくなっていく。彼を単なる『敵』や『障害』として憎みきれない自分に戸惑いながらも、澪は複雑な眼差しを夜景へと向け、長い夜の時間をただ静かに引き延ばし続けるしかなかった。
静かなジャズが流れる空間の中、律弥は少し照れくさそうに、けれど熱を込めて、少年時代の思い出や母親への感謝をぽつりぽつりと紡ぎ続けた。母親が自分のためにどれほど夜遅くまで働いていたか、自分が初めて就職の内定をもらった日にどれほど泣いて喜んでくれたか。彼の口から語られる一つひとつのエピソードは、どれも泥臭く、そして温かい家族の絆に満ちていた。
目の前でグラスを弄びながら話す彼の横顔には、先ほど客室で見せたような強引さや、男の独占欲といった刺々しい気配は微塵も残っていない。ただただ、母親を安心させたい一心で背伸びをしている、未完成な若者の素顔があるだけだった。
そんな律弥の生い立ちの話や、母親に対する真っ直ぐな想いを聞いているうちに、澪の胸の奥で頑なに心を閉ざしていた冷たい結界が、少しずつ、けれど確実に融解していった。今の彼の、あまりにも純粋で無防備な雰囲気が、澪の母性にも似た感情を優しく揺さぶる。力ずくで自分をこの場所に引きずり込んだ彼に対して、憤りや恐怖、憎悪の念を抱いていたはずなのに、今や彼女の心に湧き上がってきたのは、むしろ別の感情だった。
(この子は、ずっと張り詰めて生きてきたのね……)
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