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アムネシアは蜜愛に花開く
第3章 Ⅱ 誘惑は根性の先に待ち受ける

――お姉ちゃん。
――アズ。

――姉貴ぶるんじゃねぇよ!!

 ……時間が、逆戻りをしたような気がした。
 ふらふらと時間の流れに身を任せたくもなったけれど、時間は決して元には戻らない。それは、太陽が西から昇るように、ありえないことなのだ。どんなに請い願おうとも。

 わたしは唇を噛みしめて、誘惑じみたその言葉に抗する。

 巽はなにを企んでいるの?
 わたしと怜二さんだけではなく、自分の婚約者も踏みつけて、わたし達の禁忌である過去にまで遡って、一体なにをしたいの?

「あ……」

 乱れて何度も繰り返す息が、次第に荒くなる。
 猜疑心と胸の痛みが拡がり続け、不安のように胸に膨張するものが苦しくて、呼吸が追いついていかない。

「……う……あ、が……っ」

 息苦しさに身体が痺れて、目がちかちかする。

「アズ!?」
 
 わたしは喉を手で抑えて、その場で崩れ落ちる。
 サイドテーブルの角に背中をぶつける寸前、巽が抱きしめるようにして体勢を変え、代わりに彼が上腕をテーブルの角でワイシャツを赤く裂きながら言う。

「おい、ゆっくり息をしろ!」

 そう言われてそれが出来れば苦労しない。薄れそうな意識の中、苦しくてじんわりと涙が目に滲むと、ぼやけた視界の中で巽が上げた片手を躊躇させ、そしてわたしの頭を両手で荒く挟んだ。

「これは治療だ」

 そして、わたしは――熱く柔らかいものに口を塞がれる。

 逃れようとしても執拗に追ってくるそれは、何度も角度を変えてわたしの唇を甘く食むようにして唇を蹂躙する。

 やがてぬるりとしたものが口の中に忍んできて、わたしの強張った舌に触れて絡みついた瞬間、わたしの腰から頭上にかけて、快楽とはまた違う電流のようなものが駆け上った。

 それはわたしの砦たる防御本能からの警告だとわかった時には、わたしは巽を突き飛ばすようにして、げほげほと咳をしながら思いきり大量の酸素を吸い込んだ。

「な、なにを……っ」

 キス?
 わたし、巽とキスをしたの?
 
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