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令嬢は元暗殺者に恋をする
第70章 戦い前夜
 数日前の夜、ファルクがサラに何をしたか。

 そして──。

 ハルの言葉に口を挟むこともなく、耳を傾けていたシンの表情が次第に険しいものとなっていく。

 サラを殺害し、いずれはトランティア家を乗っ取ろうとするファルクの計画を聞いたあたりで、シンは握ったこぶしを小刻みに震わせた。

 最後に、明日の晩カーナの森で何が起きようとしているのかを話した瞬間、シンははっとなる。

 人を立ち入らせないようにして欲しいと頼んだハルの意図を理解したのだ。
 その企みを阻止するため、ファルクが雇ったアイザカーンの暗殺者をひとり残らず始末することもハルは告げる。

 すべてを語り終え、しばしの沈黙が落ちる。
 ようやく口を開いたシンの声は、微かに震えていながらも強い決意がにじんでいた。

「俺も戦う」

 懸念していた通り、シンがそう言い出すことは予想がついた。

 いや、そう言い出さないわけがない。
 何よりシンはサラに好意を抱いている。

 思いを寄せている女性に危険が迫っていると知って、黙っていられるような男ではない。
 だがハルは否と首を振る。
 途端、シンの顔に険悪なものが過ぎったのはいうまでもない。

「おまえはファルクが雇った暗殺者二十人を、それも、ひとりで始末しようというのか」

「そうだ」

「そうだって、何でもないことのようにあっさり言うが、暗殺者っていったら……」

 シンは呆れたように声をつまらせた。そして、さらに続ける。

「おまえが強いってのはじゅうぶん知っている。

 だが、暗殺者二十人相手だぞ。いつかの時の賊二十人とはわけが違う」

「当然だ」

「……おまえひとりでそいつらと殺(や)りあうなんて無茶だ。できるわけがない!」

「おまえまで……」

 言いかけて、ハルは苦笑いを作る。
 ファルクも、今のシンと同じことを言ったのを思い出したからだ。
 だが事実、普通に考えてそう思うのはあたりまえであろう。
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