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さくらホテル2012号室
第3章 笑い皺に惹かれる理由(わけ)

その先生の言葉に、わたしはやっと笑顔を返せるようになった。
最初の頃は照れて、懸命に否定することしかできなかったというのに。かちこちに緊張して、必死で右手を振り、とんでもない、と半ば絶叫するように先生の言葉をさえぎっていた。
先生は我慢強く、そして熱心にそんなわたしに言葉をくれた。
「よく聞きなさい」
最初の頃、ことが済んだベッドの中。
やわらかなまどろみの中で、先生は言ったものだ。
「あなたには、あなたにしかない魅力があります。世界にひとりだけ、道子だけが持つ生真面目さと美しさです。それを忘れたり、必要以上に貶(おとし)めたりしてはいけません」
「でも…わたしは何の取り柄もない…ただの女です」
「違いますよ。少なくともあなたはただの女ではありません。私の大切な道子という女です」
そんなこと。
今まで誰にも言われたことはなかった。
「……先生」
私は先生の側に寝返りを打ち、その腕の中に包まれた。
世界はわたしたちのほかに存在していないように思われた。
ベッドの外で音が消え、先生の体温だけがわたしと世界をつなぎとめた。
「そんな道子だからこそ、私もこうしていられるのですよ」と言って、先生は静かに微笑む。あの深い笑い皺を頬に刻んで。
そんな先生に、わたしは深く惹かれていった。とても自然に。とても鮮やかに。

