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フルカラーの愛で縛って
第1章 檻

槙野のデッサンは1ポーズ3セットが通常だ。
大概、最初の1セット目で全体の輪郭を捉えて、2セット目で細かい部分の処理、最後のセットで必要な部分の修正という流れになる。

部屋を出てから、ぴったり10分。
彼は涼しい顔で戻ってくると、扉を開けて灯りを灯す。
詩織は入り口に背を向けて椅子に腰掛けていた。伸びた背中が、彼の存在を拒絶しているように見える。

槙野は小さく笑ってクロッキー帳を開く。
急いで始める必要は無い。時間はたっぷりあるのだから。

白いキャンバスに浮かび上がった彼女の輪郭を、寸前の記憶と照らし合わせる。
真剣な表情で全体のバランスをチェックすると、彼は静かに深呼吸した。





「詩織、いいかい?」





男の言葉に、詩織が正面に向き直った。





  *  *  *





2セット目に入ると、槙野にも力が篭ってくる。

彼は描いている部位を、ことごとく口にしていく。

「相変わらず君の目は、初(うぶ)な少女のようだ。あんなに乱れる姿は想像が出来ない」

「君の細い腕が男の身体に絡みつく瞬間が見たい。今度、男のモデルも呼んでみようか」

「白い喉には赤が映えるだろうね。もうすぐだ、詩織。君が欲しいものは後少しで味わえる」

言葉が紡がれる度に、鉛筆の先で身体をなぞられているような異様な感覚に陥る。

「左の乳首は、腕に隠れきっていないね。大きさも形も実に美しい。あぁ、ほら、少し勃ちあがってきた」

「まだ描いていないのに、下の唇が待ちきれないと主張しているよ。そこを描くのは、まだ先だ。待ちなさい」

「さっきの休憩でクールダウン出来なかったのかい? それとも、濡れているのを確かめたかな」

声が愛撫してくるごとに、細胞が粟立つのを感じる。

「あぁ、股間を触わって確かめたのか。指先が濡れていたのは、そのせいだね」

「困った身体だな、詩織」

「いやらしい身体だ」

彼の視線が、まるで大きな手のように体中を這いまわっている。





時々投げかけられる、下卑た単語にも、彼女は眉一つ動かさずに待つしか無い。





舞台上の俳優のようだ。

客席から野次が飛んできても、その役柄を全うしなくてはならない。

動くな、と言われたら、何が起ころうと動いてはいけない。

槙野こそが舞台監督であり、全てのキューは彼だけが握っている。


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