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星と僕たちのあいだに
第5章 それぞれの枕辺
 
妻が妊娠したと河村に聞かされたとき、早苗の鼻っ柱はボキリと折れ、砕け散った。

どれだけ男がうまく振るまおうと、亭主の不貞を見破れぬ妻など滅多といない。
我が夫を前足にかかえて舐める泥棒猫の存在について、河村の妻が見て見ぬふりを続けることができたのは、早苗が河村の愛を疑わなかったように、彼の妻もまた、家庭人としての河村の愛を信じていたからだ。
だからこそ身ごもった。

河村に結わえられた手綱(たづな)は、彼の妻がしっかりと握っていたということに早苗はあらためて気づかされた。
普通に考えればわかる。
そんな当たり前のことを、まったく想定していなかった自分の愚(おろ)かさとうぬぼれに、嘆きを通りこした笑いがこみあげた。

一度も目にしたことのない河村の妻の存在が、早苗の心の中で巨大にふくれあがり、今までの不倫恋愛を支えてきた、引けばいつでもこちらに倒せるという自信を木っ端みじんに吹き飛ばした。
同時に、¨性欲処理¨という薄汚い言葉が、確かな存在感をもって早苗の心の中に留め置かれ、自分の役割について初めて疑いを抱いた。

いままで河村に命ぜられるままに、あるいは命ぜられなくとも自らすすんでやってきた振るまいのすべてが痴態となって思い起こされた。
高層ホテルのガラス窓に全裸で押しつけられ交わったこと、猿ぐつわや手錠をされ、正気のなくなるまで性の用具でもてあそばれたこと、そうされるのを望み、よろこんだ自分……。
愛を一身に感じていたからこそ応え、興じてきたことが羞恥と屈辱の重しとなって、早苗にのしかかった。

それでも早苗が関係を続けたのは、河村との恋愛をありふれた情事だと認めたくなかったからであった。
河村とのあいだに確たる何かを見つけようと、性の泥沼の中で河村と向きあい続けたのである。

やがて早苗はひとつの結論に達した。
河村が充たしてきたものを取り払えば自分には何も残らない。
それほど河村という男を愛した。
しかし、その愛情を実らせるには、重要な何かが自分たちには欠けていると気づいたのだ。
たとえ偽りのない愛情であったとしても、不倫という結びつきはその責任において、愛を支えるにはあまりにも脆弱なのだ、と。

早苗はもがき、悩み抜き、かきむしるような未練を残して、河村との関係にみずからピリオドを打った。
みじめだった。



 
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